教室に入ると
ちょうどナオミ先生が
きたところだった。
いつもの落ち着いた
小さな笑顔で挨拶すると
早速、授業が始まる。

あたしは、今日のテーマを聞いて
椅子から転げ落ちそうになった。

だって、
今日は、粘土と性です、
って、平然とした顔で
ナオミ先生が言うんだもの。

性って・・・
粘土とどういう関係なのか。
あたしには、ちっともわからない。

ナオミ先生は、
あわてた様子もなく
講義を始めた。

セックスと粘土。

すごいなー。
パワーポイントに浮かぶ
その文字だけで、
あたしには、ドキドキだ。
なんだか、SMみたいじゃないか、
なんて、ヘンな想像しちゃう。

まあね。
粘土で、セックスを
扱うことも多いよね。
宗教がらみもあるし。

ナオミ先生は、
粘土の歴史から
どう粘土で性が扱われてきたか、を
ものすごい勢いで、
話し始めた。

勢いをつけないといけないくらい
すごい量みたいだ。
次から次へと
スライドが変わる。

あたし、ついていけない。

ああ、どうしようと
ぼんやりしてしまった。

はっと気づくと
セクシャリティーの
話になっていて、
あたしの肌感覚で、
ピーンとアンテナが
敏感になるのがわかる。

ああ、どうしてこうも、
セクシャリティーは
まずマジョリティーからの
グラデーションになるのだろう。
ときどきは、
アーティスティックに
マイノリティーから
始めたっていいじゃないの、って
こころの底から思う。

そして、なんと
性と暴力の話になってきた。
粘土なので、
そういうテーマが多いのか。
というか、アートは
性と暴力を扱うことが
多いらしい。

あたしは、聞いてるのが
苦しくなってきた。

性と暴力の
粘土のスライドを
見続けると

あたしのこころは、

 許して・・・

と叫んでいた。

これは、あたし。
あれも、あたし。
あたしのオトコのときの
罪をこれでもか、と
見せられている気が
してきちゃたのだ。

つらい。

そして、元彼の言葉が
頭に響く。

  ライラは、どっちなんだ。
  オンナだって言って
  セックスのときには、
  急にオトコになったりして。
  こんなじゃ、つきあえないよ。
  オンナだから、つきあったのに、
  毎回ベットで、ころころ性別が
  変わるなんて、聞いてない。
  トランスだから、ふだんは、
  理解しようと思う。
  でも、ベットでは、オンナだけでいてくれ。

あたしは、
元彼の言葉が
まだ、こころにつきささったまま
血が流れてるような
気がしてきた。

あたしのセックスは、
オンナとして
どうなのだろうか。

どういうことが、
あたしをオトコにするのか、
元彼の言葉でも
セックスの最中でも、
わからなかった。

混乱する。

ふつうの男女のセックスは、
見たこともないし、
友だちに頼めることでも
なかった。

ポルノビデオは、
全く参考にならなかった。

はれて、オンナとして
レズビアンになった今も、
自分のセックスが
オンナなのか、自信がなく
特定のパートナーを
作れずにいた。

そう、暴力だ。
あたしが、受けたのは、
性への暴力。

そして、それがトラウマになり、
PTSDになってしまったのだろう。

あたしは、そんなことを
思い、涙が流れていた。

ナオミ先生は、
淡々と講義をすすめている。

あたしは、
自分のカラダを
どうしていいのか、
頭を抱える。

ふつうになりたい。

その一心で、
トランスしたのに・・・

こんなはずではなかった。

馴染みの罪悪感や怒りで
あたしの頭は、
いっぱいになってきた。

あたしばっかり、
どうして、あたしだけ・・・

ラン医師の言葉が、
どこからともなく、
頭に響く。

  まだ、ライラは、オンナになって
  思春期の始めじゃないか。
  急にオトナのオンナに
  全部なろうと思わなくていいんだよ。

ミーティングでの
なかまのハグと言葉が
神様の言葉のように
あたしに降り注いだ。

   ライラ。
   ふつうのオンナだって
   セックスを学ぶのは、
   こわごわとゆっくりよ。
   大丈夫。
   きっと、一緒に乗り越えてくれる
   パートナーができるわよ。
   ライラは、このままでいいの。

静かに涙を流しながら、
ナオミ先生の講義を
機械的に筆記してる
あたしに、あたし自身
驚いてる。

そして、同じトランスなかまの
リンダが、
目を真っ赤にして、
あたしの手を
強く握ってきた。
席が隣だったのだ。

リンダ。
声にならない声で、
リンダを呼び、
しっかり、リンダの手を
握りしめた。

つづく・・・・・