授業が終わると
学生たちは、なんだか、
放心状態だった。

ナオミ先生は、そそくさと
教室から出て行ってしまい、
あたしたちは、
取り残されたようが気がした。

あたしは、リンダと
ひしっと抱き合って、
涙を流してた。

ハグしあうクラスメートは、
あたしたち以外にも
多かった。

それだけ、この性の話題は、
ストレスフルなのだと思う。

あたしの耳に、
鈴の音のような
澄んだ声がした。

ローラだ。
ローラは、真っ赤なキモノ風の
ドレスを着こなして
にっこり笑って、
あたしたちのそばにきた。

そして、うっとりするような
声で、ハミングしながら、
あたしとリンダを
大きなハグで包んでくれた。

ローラは、晴れやかな声で、

  今日ね、これから  
  ダンの店で、女神のコンサートがあるの。
  一緒に行かない?

と誘ってくれた。
あたしは、このままひとりぽっちで
帰れそうもなかったし、
誘いに乗ることにした。
リンダも、お家に遅くなると
連絡して、一緒に来れることになった。

あたしたちは、バートに乗り、
ローラのワクワクが
移ってきて
なんだか元気になってきた。

ローラは、機関銃のように
女神の声について
語り続けている。
それは、女神であり、エンジェルのような
素晴らしい声のひとらしい。
しかも、なんと、あたしとリンダと同じ
トランスしたひとなんだって。
それは、あたしもリンダも、
すごく興味があった。

もしかして・・・
と思い、その女神の名前を聞いた。

   エメラルド・リリーよ。

ああ、やっぱり、
とあたしは、思った。

知ってる。
よくトランスの雑誌で、
魂の唄という特集まで組まれる
この業界では有名な歌手だ。
あたしも、いつか、
お会いしたいと思っていた。
それが、こんなふうに
抜群のタイミングで機会から
やってくるなんて、
すばらしい。

リンダは、とってもうれしそうに
していた。

バートを下りて
とことこ歩くと、
ダンの店のあの不思議な目が
見えてきた。

この目は、本当に不思議な
力があるような感じがする。

ドアを開けて入ると
今日は、コンサートです、と
書かれていて、
いつも以上に
パワフルなダンがいた。

あの素晴らしい声で、
  
  いらっしゃい。
  お待ちしてましたよ。

といわれるだけで、
あたしは、夢心地になる。
あたしも、ローラも、リンダも、
コンサート代を前払いして
まだ閑散としている
フロアーに言った。

自由に席を選べるので、
特等席にすわり、
ちょっとした食べ物
サンドイッチやスコーンをいただき、
美味しい珈琲を飲んだ。

座って、開演まで
ぺちゃくちゃおしゃべりしながら
待っていると、
ものすごいオーラを感じて
あたしは、後ろを振り返った。

そこにいたのは、
まさに、エメラルドの女神だった。

荘厳なグリーンの光る
素晴らしいドレスに身をつつみ
百合をあしらったティアラに
嫣然としたゴージャスな笑顔は、
エメラルド・リリー、そのひとだった。

すばらしく綺麗。
あたしたちは、歩く姿に
ぼーと見とれ、
幸せなため息をついた。

歩く宝石みたいに輝いている。
そのくせ、全く
宝石は、身につけていないのだ。

あたしたちが、
ぼーとなっているのに、
輝く笑顔をふりまいて、
コンサートが始まった。

なんと、マンダラだ。
インドの神秘、マンダラを
厳かに唱える唄で、はじまった。

そのマンダラのあまりの声量に
圧倒される。
あたしは、第一声で
涙が、こぼれ出た。
なんて、すごい声なのだろう。

つぎは、
<なんて いいこと>
というカナダの性被害を受けた
子どもたちのための
絵本の唄だった。

   なんて、いいこと。
   しらないおじさんに
   からだを触られた。
   それをママやパパに言ったら
   良く話せたね、と褒められた。
    
   なんて、いいこと。
   教会で、牧師さまに
   からだを触られた。
   それを近所のおじさんに話したら
   よく話せたね、とハグされた。

   なんて、いいこと。
   学校で、上級生に下着を脱がされた。
   それを担任の先生に言ったら、
   よく話せたね、とお礼を言われた。
   
   なんて、いいこと。
   いやなことがあったとき、
   それを話すと
   みんなが、話したことを褒め、
   ありがとうとお礼を言われ、  
   ハグされる。
   なんて、いいこと。
   なんて、いいこと。
   話せるって、すばらしい。

リンダとローラに
両手を強く握られたまま、
その唄を聴いたあたしは、
とめどなく、涙が出た。

衝撃的な内容なのに、
<なんて いいこと>という
フレーズが耳に残る。

それを、エメラルド・リリーの
魂を揺さぶられる声で
歌いあげられて、
あたしは、なんていいこと、と
思わず、つぶやいた。

そう、暴力や性のことで
被害だけに囚われることが、
それが、トラウマなのだ。

話せて、温かくハグされて
褒められれば、大丈夫、
あたしは、全然ダメじゃない。

まさに、今日、この唄を聴けた
偶然に感謝した。
そして、ゲストみんなで
声をそろえて
なんて いいこと、と
歌うとき、あたしのこころは、震えた。
素晴らしいわ。

そのあとに続く曲が、
<もう ひとりじゃないよ>
というオリジナル曲だった。

ああ、涙が出て、
止まらない。

エメラルド・リリーの姿から
虹色の輝きが発散され
あたしたちを包む。

あたしたちゲストも、
その輝きに包まれて、
一緒に声をそろえて歌う。

   もう ひとりじゃ ないよ
   今日から わたしの なかま

サビのフレーズは、
あたしへのメッセージに
聞こえた。

涙が止まらない。

ローラは、立ち上がり、
踊り始めた。

リンダは、声を上げて
号泣している。

どの席からも、涙や感激の
声と力が、沸いていた。

すばらしいコンサートだ。

何曲も歌い、
最後は、また荘厳なマンダラで
終わった。

終わると、ローラは、
エメラルド・リリーに
ハグされに、舞台に行っている。

あたしも、リンダも、
エメラルド・リリーとの
ハグを待っていた。

あたしのハグの順番がきた。

エメラルド・リリーは、
ステキな声で、
耳元でささやいてくれた。

  今日は来てくれてありがとう。
  出会ってくれて、ありがとう。

あたしは、ただ、うなづくことしかできず
ありがとう、と小声で言って
あとは、涙だった。

ありがとう。
グリーンの香りのする
エメラルド・リリー。

余韻にひたりながら、
ダンともハグした。

そして、即売されていた
エメラルド・リリーのCDを買った。

  これで、あたしも、今日から、なかま

ローラが、ご機嫌で歌う。
あたしも、リンダも、
声をそろえた。

そして、見ず知らずの
ゲストたちと、
熱くハグをしてまわった。

つづく・・・・

参考HP
【子どもを暴力や性被害から守るための絵本】
http://homepage3.nifty.com/araishi/sa_ehon.htm