ローラに電話をすると
いま仕事中だけど
もう少ししたら出られるって
言ってくれた。

あたしは、時間もあるので
お散歩がてら
歩くことにした。

サンフランシスコらしい
乾いた風が
頬を優しく撫ぜる。

あたしは、あたまのなかを
からっぽにして
歩く。

太陽のある
薄いブルーの空は、
いつにも増して
あたしを包んでくれているような
毛布状の雲を見せてくれていた。

あたしの足が
進むままに歩く。

気づくとそこは、
アジアンタウンだった。

そこここに、
ベトナムカフェやフィリピンレストラン、
そしてインドネシア雑貨店に
カレーの専門店が軒を連ねる。
なぜか、猫までが
アジアンに見えた。

あたしは、歩き疲れて
空腹にも耐えかねていた。

くすんだ赤が目をひく
ベトナムカフェに入る。

不思議なんだけど、
アジアンカフェって
どういうわけか
中に大きなガラスのショーウインドウがあって
揚げパンとか、ドーナツとか、
並んでるんだよね。
なぜだろう。
ふつうのカフェでは、見られない光景だ。

あたしは、まず
そのショーウインドウの前で
大きな揚げパンを選ぶと
ベトナム珈琲をオーダーして
お金を払った。

道に面したガラスに向かって
置かれている
小さなくすんだ赤のテーブルセットに
座る。
まるで子ども用のように
きゃしゃな作りだ。

ぼんやり、目の前の坂道を
見ていると
どこか別の国に迷い込んだような
そんな気持ちさえしていた。

すばやく揚げパンと
独特のカップに入った
ベトナム珈琲がやってきた。
あまーい香りに、お腹が
グルグル鳴ってしまう。

あたしは、ゆっくり
揚げパンを口に運び
ベトナム珈琲が飲みごろになるのを
待った。

そのなんだか懐かしいような
ふんわりした甘さは、
あたしの空腹を
ゆっくりと満たしてくれる。

あたしは、のんびりと
揚げパンを噛みながら、
カラフルな洗濯物を見ていた。

ゆるやかな時間に
あたしが
まだ白昼夢の中のような
気がしてしまう。

ぶくぶくぶくと
羊水の音が
聞こえてきそうだった。

もう、大丈夫だよ。
何も怖くないよ。
あたしは、安全だ。

呪文のように唱えると
視界がさーと
開けたような、
そんな気持ちがした。

携帯電話が鳴り、
いつものステキなローラの声が
聞こえてきた。

あのスシレストランに
行きましょう、と
待ち合わせを決めて、
あたしは、立ち上がった。

近くにバス停があったので、
なんとなく立っていると
ラッキーにもバスがきた。
行き先が、あたしの行きたいところだった。

学校のそばのバス停まで
のんびりバスに乗り、
良く知ってるバス停で下りる。

なんだか、ものすごく久しぶりに来た
そんな気がしてならないのが、
ちょっぴり可笑しかった。

バス停からほど近いところにある
シックなスシレストランの
入り口に着くと
そこには、鮮やかな色彩をまとった
ローラがいた。
美しい。
あたしは、思わず嘆息した。

にぎやかにハグをして
お店に入ると
これまたシックな装いのウエイターに
奥まった静かな席に
案内される。

木をふんだんにつかって
白黒のオシャレな内装だ。

あたしたちは、
ノンアルコールビールで
乾杯すると、
ありとあらゆるスシロールを
注文した。

カリフォルニアロール
ドラゴンロール
サンフランシスコロール
ケーブルカーロール
ビーナスロール
マグナムロール

いったい、何が巻かれているのか、
さっぱりわからないまま
オーダーし、
テーブルに運ばれるたびに
歓声をあげてしまう。

ここのスシロールは、
お皿の上で
ひとつの立派なアート作品に
なっているのだ。

あたしたちは、
いろんなものが
絶妙に巻かれている
その味に驚嘆しながら
食べ続ける。

野菜が彩りよく巻かれ
お肉やお魚が巻かれていても
メインになることなく
上品なのだ。

あたしたちは、
ジャパニーズ・グリーンティーの
サービスを受けながら
旺盛な食欲で
平らげていった。

お腹が落ち着くと
あたしは、
今日のプリンでの
ワークやシェアでの
自分のできごとを
話した。

ローラは、深い色の瞳で
じっとあたしを見つめて
聞きいっている。

あたしは、
語りながら
自分とママの関係を
捉えなおそうとしていた。

まだ、むずかしくて
できそうにない。

でも、ローラは、

  よくがんばったね。
  今日は会ってくれてありがとう。

とあたしの手を握り締めて
目を合わせ、言ってくれた。

  ライラは、ライラのままよ。
  あたしは、目の前のライラが好き。

そう静かに言ってくれる
ローラの瞳に
あたしは、涙を見た。

あたしのシェアで
涙ぐむローラに
あたしは、息をのんだ。

手を握り合って
ふたりで黙って見つめあう。

何かが、
強い光のようなものが、
あたしたち二人を
貫いているような感じがした。

ありがとう、ローラ。

ことばにならない声で
あたしは、瞳に語りかける。

あたしたちは、声ではない
ことばで、話していた。

それは、暖かく
非常にピースフルだった。

あたしたちは、
愛に包まれていた。

つづく・・・・