いつ家について、
いつベットに入ったのか、
気づかなかった。

はっと気づくと、
朝だった。
いつものさわやかな太陽ではなく、
どんよりと雲が垂れ下がって
寒い朝だ。

あたしは、
レトルトのコーンポタージュを温めて、
固くて丸いドイツパンを
浸しながら食べた。

昨日、起こったミラクルを
噛み締めるようにして
パンを齧る。
しっかり、ミラクルを飲み下してしまう、
そんな感じがした。

ふと電話に目をやると、
長いFAXが届いている。
あたしは、普段、あまりFAXなんて
届かないので、びっくりして
慌てて立ち上がり、
FAXを切った。

それは、画廊でのお客様
“ジャック・スミス”さんからだった。

  突然のFAXをお許しください

で始まり、長々と、作品の感想が
書かれていた。
あたしは、読み流すようにしていたが、
ところどころ、ナンシーという名前が
書かれているのに、気づいた。

はっとして、もう一度、じっくり読み直す。

フランス人形のくだりから
ナンシーという名前が出ていた。

じっくり読むと、内容はこうだった。

実は、ライラの勤めているベーカリーカフェの
ナンシーは、私の娘です。
幼い頃に、離婚してしまいました。
離婚の理由が、私の暴力だったので、
親権どころか、面接権も剥奪されて、
ナンシーとずっと会えずにいました。
ところが、風のウワサで、元妻が亡くなったことを
知りました。
たったひとりになってしまった
ナンシーのことを不憫に思い、
探していたのです。
そして、あのベーカリーカフェで見つけました。
それから、何度も通って
ナンシーの様子を見ていました。
ナンシーが、私に気づかないことに、
ひどく淋しい思いをしました。
いつか、父だと言おうと思いながら
言い出せなかったのです。
それで、私は、あなたのことを知りました。
あなたは、ナンシーのことも良く知っていて、
しかも未来のイメージを描いてくれる画家だと。
未来を描いてもらって、
ナンシーに父と名乗るかどうかを
決めることにしました。
そしたら、あの絵だった。
ベーカリーカフェでのナンシーは、
まさにフランス人形のようになっていた。
そして、私たち父娘が、安全な場で
癒しを得よ、との啓示を受けた気がしました。
ありがとう。
これから、ナンシーに会いに行きます。
そして、しばらくの間、ナンシーの
こころの状態を安定させるまで、
一緒に過ごそうと思います。
こう思え、そして、父として、
ナンシーに何かできることが見つかり
こころから感謝しています。
本当に、ありがとう。

驚いた。
あれが、ナンシーの死んでしまったらしいと
ウワサされた父親だったとは。
そういえば、最近になって、
あの男性をベーカリーカフェでも、
良く見かけたような気がする。

そんなことだったなんて・・・

あたしは、あの寂寥とした世界の
絵を思い出し、なんだか、
ますます寒い気持ちになった。

本当に、父だろうか?
絵では、幼い兄妹だった。
なんだか、年齢が合わない気がする。
しかも、暴力って告白も、ヘンだ。

ナンシーのストーカーなのだろうか。

あたしは、ぶるっと身を震わせて
ガウンの前を固く合わせる。
なんだか、イヤな予感がした。

せっかく、昨日は、ミラクルだったというのに、
あっというまに、気持ちの悪い
現実が、あたしを包み込んでしまう。

あの絵。
あの絵から、何か、もっと、
あたしは、見えるだろうか。

あたしは、さっと身支度すると
画廊へ急いだ。

早速、乾かしている絵を
壁にかけた。
そして、遠くから眺めた。
意識を集中する。

すると、フランス人形が
不気味に浮き上がってきた。
ぞわぞわと背中から寒気がした。

なんだか、やっぱり、ヘンだ。
フランス人形がアブナイ感じだし、
この兄妹も、ジャックスミスと誰かという
イメージが湧いてこない。
全く別のひとのイメージなのだ。

ナンシーに、何か
注意みたいなことを
言ってあげた方がいいのかもしれない。

あたしは、注意深く絵を戻し、
外に走りだした。

バイト先に、急ぐ。

すると、まだ開店前なのに、
お店の前が、騒がしい。
何か、あったのだろうか。

あたしは、胸騒ぎがした。

どうしよう・・・

あたしのせいだ。

ナンシー、無事でいてくれ。

あたしは、焦って
躓きながら、
お店の中に、急いで入った。

つづく・・・