パウダールームを出ようとすると、
ばたばたとクッキーが入ってきた。
あたしは、会釈だけして
出ようとしたら、
クッキーに腕をつかまれた。

なんだろう。
クッキーとは、何の付き合いもないのに。
不思議に思いながら、クッキーを見ると
かなり思いつめた様子だ。

クッキーは、ミラールームにある
お化粧用の籐の椅子に
あたしを座らせて自分も座った。

  ねえ。ライラは、美術の勉強をしてるって
  聞いたんだけど。

と言ってくるので、

  うん。そうだよ。いまは、粘土やってるの。

と普通に答えた。
すると、クッキーは、せっぱつまった声で

  ねえ、美術の学校ってどうやったらいけるの?

とあたしの腕を掴んだまま、ゆすって聞く。
ちょっと、怖い。
あたしは、だれかにカラダを触れられることが
大の苦手だ。
何かされそうな恐怖感もあるし、
何かわかってしまうのではという不安も増すからだ。
あたしは、できるだけさりげなく
腕をつかまれているのを解いて、
少しでも離れて座れるように、からだをそらした。

  そういうのは、学校に聞いたほうがいいよ。
  あたしは、普通に進学したわけではないから
  答えられないと思う。

と正直に言う。
クッキーは、めそめそ泣き始めた。
なんだ、なんだ。何か変なこと言ったかしら。
クッキーは、一息に言うみたいな早口で

  美術の学校に行きたいの。
  どうしても、知りたいの。

と小さく叫ぶ。
あたしは、どうしていいのか、わからなくって
固まってしまった。
そのまま、クッキーは、泣いてるし。
誰かこないかなと思ったけど、だれも来ない。

ああ、どうしよう。
あたしは、仕方なくさっきのお茶目な少女を
イメージはまだ曖昧なまま、
やってみることにした。

まずは、深呼吸。
そして、お姫様なんだけど、
庶民を見にきたというお茶目な少女を
イメージした。

さあ、お姫様だったら、クッキーみたいな
庶民の質問とめそめそ泣きにどう答えるか。

むずかしい~

とりあえず、庶民のことは、わからないから
慰めよう。

  まあ、悲しいのね。
  そういうときには、美味しいクロワッサンに
  ミルクティーをいただくといいわ。

あたしは、おごそかにこう言って、
クッキーの泣き顔に、ウインクもどきをしてみた。
ちょっと、まばたきみたいになっちゃったけど。

クッキーは、驚いたような目をして、
泣き止んだ。
あたしは、優雅に見えるように、
制服のスカートを直しながら立ち上がり、

  お客様が待ってるわ。
  わたし、行かなくては。

と静かに言って、フロアーに戻った。

しなしなと歩きながら、
かなりドキドキしてる。
上手にできたかしら。
今度は、オヤジではなかったわ。
ああ、でも、むずかしい課題だった。
切り抜けられた達成感と
一瞬でもお姫様モードになれた緊張感で
あたしは、心拍数が上がったままだ。

ナンシーが、そんなあたしに気づき、
大声で、

  どこ行ってたの?

と叫ぶ。

あたしは、その声を聞いて、
今度は、本当のお姫様のように、
失神してしまった。

気が遠くなりながら
みんなが集まってきて、
運ばれるのがわかる。
額に冷たいタオルが乗せられた。

あたしが気がつくと、
ビッキーが心配そうにそばにいた。

  大丈夫?

あたしは、ちっとも大丈夫じゃなかったけど

  うん。大丈夫。

と答えて、深く息を吐いた。

気づくと、両足の膝が痛い。
どうしたんだろう。
あたしは、少し頭を上げて、足をみた。
膝が、真っ赤だ。
倒れこんだときに、床に膝からついたみたいだ。

ビッキーが、オレンジジュースを
あたしに飲ませてくれた。

  マネージャーがふたりでランチにしていい
  って言うから、何か食べられれば、食べようか。
  それとも、帰って休む?

と聞いてくる。
あたしは、迷った。
本当は、帰りたい。
でも、倒れたのは、自分の問題で緊張が高まったせいだ。
このまま帰ると、自分を責めてしまいそうだった。
体調が悪いわけでもないし。
あたしは、何か食べたいとつぶやき、
ビッキーとふたりでランチを取ることにした。

甘いものが食べたかったので、
ビッキーに、そう言うと、
チョコレート大好きなビッキーが
チョコ専門店に連れて行ってくれた。

そこは、建物からして、
チョコレート色のお城のような作り。
木目のように、チョコレートがかかった
お菓子の家のようだった。

可愛く何個ものマーブルチョコレートのような
飾りのついたドアを開けると
まさに、チョコレートのお城だ。

両方の壁には、ところせましと
ありとあらゆるチョコレートが並んでおり、
奥のオープンキッチンでは、
湯気を立てたチョコレートがいままさに
出来上がろうとしている。

ビッキーは、最高に幸せそうな顔で、
このお店は、わたしのお気に入りなの、と
ささやいた。

太ったウエイターのおじさんが
席まで案内してくれる。

座席も、チョコレートの香りがしそうな
カカオを模したつくりになっていて
座るのが惜しいくらいだ。

あたしたちは、ランチのスペシャルで
チョコレート・フォンデュ
をオーダーした。

まずは、カカオの香り高い
冷たい飲み物が出てくる。
オレンジとチョコレートが混ざった
カクテルのような飲み物。

そして、パンやクッキー、チーズ、
野菜に果物が小さく切って並べられた
大きめのお皿が置かれた。

中央に、ミルクパンサイズの
小さなお鍋がアルコールランプの上に
乗せられて、そこに、たっぷりの
チョコレートがグツグツいっている。

フォンデュ用の大きなフォークのようなもので
食べたいものを刺しては、
このチョコレートに浸していただく。

チョコレートは、甘すぎず、苦すぎず、
どちらかというと、香りの強い
おとぎ話にでてきそうなお鍋になっていた。

あたしたちは、あまりの美味しさに
うっとりして、せっせと食べ物を
チョコレートに浸す。

意外に野菜にも合うし、
チーズなんて、最高だった。
でも、あたしが、最も気に入ったのは、
マシュマロ。

小さなマシュマロを、まず少し
アルコールランプで焼いてから、
チョコレートに浸すと絶品だった。

キャンプなんかでよくやるけど、
ここでは薪の匂いがしないので、
チョコレートの香りに包まれて最高。

すっかり、満足し、
最後のホットチョコレートを
堪能してる。

チョコレートは、魔法の食べ物だ。
心も体も、暖かく包み込み
元気にしてくれる。

ビッキーは、余計な詮索をせず、
食事にたわいもない会話で
あたしをリラックスさせてくれたので
余計、癒された。

午後も、がんばれそう。

あたしは、こころから、ビッキーに

  ありがとう。

と伝えて、ハグした。
ビッキーも、暖かく優しくハグしてくれた。

つづく・・・