あたしは、こころが
小さく縮こまってしまった。
ロボットのように
ぎこちなく歩き、笑い、
物音や匂いまでもが、
スクリーンを通してのように
遠くに感じる。

お店は、開店したけれど、
バイトの皆は、あたしのように
少なからずなっているようだった。

あたしたちは、オートマティックに
接客の作業をこなす。

こころが、開店前のトラブルに
囚われたままで、
どこか別のところに行ってしまったようだ。

マネージャーやチーフが
慌しく、どこかに電話したり
走り回っている。

その様子を目で追いながら
あたしは、どうなるんだろうと
ぼんやり考えていた。

すると、ものすごい勢いで
ナンシーがフロアーに戻ってきた。

髪も制服も振り乱していて、
汗だくだが、
にっこりと不気味に笑っている。

あたしは、できるだけ見ないようにした。
きっと、行進するだけだし。

マネージャーが驚いた顔で
ナンシーを見て、
呼ぼうかどうしようか、迷っている。
チーフなどと話し合って、
そのままにすることにしたようだ。

ナンシーは、ヘアースタイルを
気にすることなく、
少しだけ制服を直すと
素早い動作で動きまわっていた。

しかし、疲れてしまうのか、
キッチンの中の
オーダーされたお料理が置かれる
カウンターに行ってしまった。

あたしも、お客様のテーブルに
お料理をお持ちするために
オーダーカウンターに行き
自分の担当のお料理を持った。

すると、カウンターのはしで
じっと睨むような目のままの笑顔で
ナンシーがあたしを手招きする。

あたしは、いやだった。
お客様に早くお出ししないと、
と言い訳がましくつぶやいて
無視して出ていこうとした。

なのに、ナンシーは、
あたしの前に立ちはだかった。

あたしは、仕方なく、目を上げて
じっとしてた。

ナンシーは、何か言おうとして
なかなか言葉が出てこないようだった。

あたしは、その様子を見て
急に、今日はお茶目な少女の演技をすると
決めたことを思い出した。

そうそう、お茶目にしてみよう。

とりあえず、意味もなく、
あたしのなかで最もかわいらしい
笑い声をあげてみる。

ナンシーは、ぎょっとした顔をして
あたしを見た。
あたしは、すかさず、ナンシーに訊いてみる。

  今日の日替わりランチのスープは何ですか?

ナンシーは、必死に笑顔を作り、
一生懸命考えている。
その間、あたしは、かわいらしく
また、笑い声をたてて、待っていた。

ナンシーは、思い出せなかったらしく

   朝、ちらっとメニューボードを見ただけだから
   わからないわ。

と正直に答えてくる。

あたしは、茶目っ気たっぷりに

  メニューボードは、一回しか見ないのですか。

と、あくまで可愛い声で言って続ける。

  あたらしいパンの名前は、何ですか?

ナンシーは、怖い目つきの笑顔のまま
固まっていた。
かなりの時間待っていて、ようやく出てきたのは、

  ずいぶん前に聞いただけのパンの名前なんて
  わからないわ。

だった。
あたしも、笑いながら、そうですよねと
相槌を打った。

  もう、お料理が冷めてしまいました。
  何かお話しがあったのでしょうか。

と尋ねると無いとか細い声で答えるナンシー。

  では、わたしは、別のテーブルのお料理も
  カウンターに並んでしまったので、
  これを3番のテーブルに持っていってもらえますか。

とチャーミングに微笑んで、ナンシーに
すべてのお皿を渡してしまった。

あたしは、素早く、別のテーブルの
お皿を持ってフロアーに急いだ。

なんか、お茶目とは、違うかもしれない。
いじわる婆さんみたいになってた。
というか、なんか、セクハラおやじみたいな
気がしてきた。
お茶目とおやじなんて、
全然違うのに、どうしてあたしがやると
同じみたいになっちゃうんだろう。

ああ、お茶目って、何だ。
お転婆と間違えたかもしれないな。

あたし、よく考えたら、
お茶目な少女のイメージを
しっかり持つことなく、
ぶっつけ本番でやってしまった。

ありえない。ありえない。

ロールプレイのつもりなんだから、
イメージ、なりたいあたしを
しっかり持たないと、上手くはできない。

あたしは、
お茶目、お茶目と
つぶやいて、歩いていたようだ。

クリスが、にっこり笑って

  ライラは、十分お茶目だよ。

ってささやいてくれた。

あたしは、思わず独り言を言っていたのを
聞かれ、それに答えてもらったことに
すごく恥ずかしくなってしまった。

  あっあの、ありがとう。

といいながら、パウダールームに
行こうとして、落ちていた
紙ナプキンに躓いてよろめいてしまう。

あわてて、体勢を直し、
パウダールームに駆け込む。

鏡の前のあたしは、
困ったようなオンナだけど、
あたまのなかは、まだ半分オッサンだった。

あたし、知らずに十分お茶目だって!!

とオッサンの目で自分を見てるもの。

ありえない。
と首を振り、
あたしは、オンナになる魔法をかけた。

ーあたしのなかのオヤジやオッサンとは、
  もうさよならしますーー

唱えながら、大好きな
シャネルの18番を足首に振りかけた。

つづく・・・