ものすごい泣き声がする。
しかも、かなりの大声での罵りのことばがする。

あたしは、びっくりして、
思わずナンシーを探したら、
ナンシーは、平然とした顔で
フロアーを行進しているところだった。

いったい、だれの声なんだろう?

引き続き、悲鳴のような声が続くので、
その声を追うと、レストランの2階ではなく、
1階のベーカリーショップからだ。

あたしは、1階を見れるように、
螺旋階段の上から
そっとのぞいてみた。

最初は、だれだかわからなかった。

女性が、ベーカリーショップの
店員やチーフに
食ってかかっている。

髪を振り乱し、すごい形相の女性。

あれ、あの女性の服は、
あたしと同じウエイトルスの制服だ。

えっ、だれだろう。
後ろ姿なので、よく見えない。

あたしの後ろでも、
みんなが見ているが、
だれだろうと口々に言っている。

まだ、開店前だが、
店の前には、お客様が並んでいて、
ガラス越しに興味津々で
見つめているのまで、見える。

と、その女性が振り返った。

あたしは、あっと驚いて、
思わず、プリシラと
大きめの声で言ってしまった。

その声が聞こえたのか、
あたしの方をキッと睨んだ。

あたしは、思わず、後ろに隠れた。

あの冷静そうなプリシラが、
あんな形相で、何が起こったのか、
あたしには、見当もつかない。

そうそうお茶目な少女よ、
なんて言い聞かせても、
あたしは、とてもお茶目になれそうな
気がしなかった。

仕方なく、緊急事態なので、
深呼吸して、落ち着こうと
必死になった。
少し、落ち着いてくると、
プリシラの声が
ことばとして、聞こえてきた。

  どうして、私の恋人の会社の
  小麦粉を使わないのよ。
  どうしてなの。
  なんで、こんな嫌がらせされるのよ。
  私を皆で苛めて、ひどいわ。

ヒステリックに叫び、
また、ものすごい泣き声になった。

ベーカリーショップのチーフだけでは、
なだめられないらしく、
マネージャーが慌てて出てくる。
もうすぐ、開店の時間だし、
お客様は、ガラス越しに
面白そうに見てるしで、
ベーカリーショップは、
あわてている感じだ。

マネージャーは、
なんとか、奥の部屋へ
プリシラを連れて行こうとして
腕をひっぱると、

  たすけてー 
  たすけてー
  殺すつもりなのね。
  私たち親子を、殺すつもりね。

と、大声で叫び始めた。

あたしたちも、2階で
開店の準備も手につかず、
落ち着かない。

あたしは、たすけてという
信じられないくらいヘンな声
壊れたトランペットのような声に
耳の奥がジンジンしてきた。

このあと、どうなるんだろう。
あたしは、このまま開店が
できなくなるんじゃないか、と
不安になった。

あたし、もうこのお店で
バイトを続けられないかもしれないと
不安がますます高まっていく。

すると、ナンシーの声が、
後ろからしてきた。

  18枚。18枚。18枚。

いったい、何を数えているのだろうか。

あたしは、さっと振り返った。

すると、ナンシーは、
窓の外を見ながら、
独り言の最中だった。

  18番。18番。18番。

なんの番号を言っているのだろう。

あたしは、なんだか、でも、
数字をひたすら唱えている
ナンシーを見て、
落ち着いてくるのを感じた。

   18個。18個。18個。

こんどは、個数だ。
ナンシーの頭の中では、
目まぐるしく、数えるものが
18づつ現れているに違いない。

どうして、18なのか、は
全く、わからないけれど。

1階からは、
相変わらずプリシラのひどい泣き声と
マネージャーの大きな太い声が
こだましていて、
のぞくのも怖いくらいだった。

あたしたち、ウエイトルスは、
みんな所在なげに、
2階フロアーをふらふらと
歩き回っていた。
1階の様子が、怖くて仕方がない。
皆の恐怖が膨らんでしまう。

そんななかでも、
ナンシーは、窓の外をじっと見つめて
相変わらず、数えていた。

  18羽。18羽。18羽。

こんどは、鳥か。鳥なのか。
あたしは、動物園にいる気がして、
少し笑ってしまった。

ようやく、1階が静かになった。
1階のチーフが2階にきて、
あと5分で開店しますと告げて
1階に走って戻っていった。

あたしたちは、
プリシラがどうなったのか、を
それぞれ想像しながら、
開店の準備をノロノロと始めている。

すると、ナンシーが急に、
奥に走り出した。

気づくと、ナンシーとプリシラが
お店の外に、制服のまま
走り出していくのが、見えた。
ものすごい速度だ。
ふたりは、陸上の選手のようだった。

あたしたちは、あっけにとられて、
おもわず、ぽかんと口をあけたまま、
立ち尽くしてしまった。

つづく・・・・