ナンシーの奇行や
リズの苦悩を聞いて
あたしの頭の中は、
ごちゃごちゃになったとしても、
今日のランチの幸せ感は
少しも減らなかった。

あたしは、鼻歌をハミングしながら
バイト先に戻った。

美味しい食事って
どうしてこうも、
ひとを幸せにするのだろう。
見るだけでも、幸せなのに、
そこに香りがあり、
そして、味があり、
加えてシチュエーションが
丁寧に整えられていることで
ますます幸せは、増していく。

ああ、最高だったわ、と
あたしは、クスクス
思い出し笑いをしてしまう。

幸せなときって、
意味もなく、
思い出し笑いするよね。
うふふ。

ジョニーとべティーの
目を合わせると
二人とも
やっぱり、うふふふって
笑顔だった。

最高だ。
べティーの馴染みのお店って
幸せなレストランが多いわ。
あたし、またランチに
誘ってもらえるように
リズの残業もがんばろうって思った。

バイト先につくと
やっぱり、ほぼ満席のままだ。
フロアーで
あたしは、機械的にサービスを
しながらも、
幸せオーラを発散してたみたい。

お客様から、ステキな笑顔とチップが
今日は妙に多い気がする。

あたしは、とっておきの笑顔を
作ることもせず、
今日のランチを思い出して
こころからの笑顔と
クスクスと思い出し笑いで
接客してた。
この意味もないクスクス笑いが
お客様のツボになっていて、
一緒にクスクスして
幸せになってた。

あたし、それに気づいて
すごく嬉しかった。

接客の仕事をしてて
何が嬉しいかって
お客様との幸せな循環が
次々生まれることだ。

ステキ。
接客のお仕事をしてて
本当に良かったって思う。

でも、また、リズが
フロアーに入ってきて
携帯電話で話しながら
グルグルしてる。

今度のリズの声は、
非常に小さい。
近くにいても
聞き取れないくらいだ。

ほんのわずかに
聞き取れるのは、
うん、うん、のみ。
そして、がちゃ。
数秒後に、プルルル・・・

リズの怒りの忍耐は、
限界になっているのでは、
と心配に思って
あたしは、リズの顔を
覗き込むと
リズは心ここにあらずの表情だった。

リズの目は、見開いていて
瞳には何も映っていないようだ。
機械的にグルグル歩きながら
全く別のことを
考えているのが、わかる。
そのお陰なのか、
電話をしながら、歩きながらでも、
小さな手帳に
なにやら熱心に書きこんでいた。

あたしは、その様子をみて
リズのことは、
ちょっと一安心した。

でも、ナンシーの異常な
電話攻撃の理由を
考えてしまう。

ナンシーが、それほど
電話好きだった感じもないし、
リズへの電話が
これまでのナンシーに
フィットしない。

しかし、何度も
同じ内容を聞いてくるのは、
これまでのナンシーなら
ありえた。

だって、フロアーチーフなのに、
今日のサラダも
暗記できなかったもの。

会議に出れば、
ノート一杯に小さな文字で
書かれているのは、
会議に関係のない
フロアー係りへの悪口だったから、
ノートも上手に取れないだろうし。

ただ、ナンシーは、
わからないことを
誰かに聞いて何とかしようという
姿勢は、あたしのいるときの
フロアーでは、なかった。

ところが、いまは、
リズに聞いて何とかしようと
しているというギャップがある。

どうしてだろう。

保護施設での
拘禁反応みたいなものなのかしら。

よくテレビニュースで
やってるよね。
捕虜になった州兵や
ハイジャックされた飛行機の乗客とか
誘拐された少年少女の
拘禁反応。

ああ、気になる。

あたし、気になることって
ちゃんと解明したい性質なのだ。

これって、オトコっぽいって思って
できるだけ隠してるけど、
自分ではどうにもならないくらい
ひとつのことに囚われると
きちんとした論理的説明がつくまで
頭のなかがグルグルしてしまうのだ。

仕方がない。
これが、あたしの思考の
癖なのだから。

拘禁反応か・・・・

今日、家に帰ったら
早速、調べないと。
そうだ、
大学に行ったときに
図書室で調べよう。

いったい、どんな風になるのだろうか。

ニュースで見るときには、
他人事だったから、
あまりちゃんと記憶できていない。

いつか、ナンシーも
またこのフロアーに
戻ってくるわけだし、
そのときのためにも、
いまのナンシーの状態を
しっかり理解しとかないと、

なんて、あたしは、すっかり
拘禁反応という言葉に
とりつかれてしまった。

つづく・・・・