すごい話になってきた。
ビッキーは、夢中になって
話してるけど、
あたし、ほとんど
頭に入らないよ。

とにかく、
クッキーの彼氏はキスする前に
ビンタするっていう
癖?があって、
それをクッキーが好きだ
ということらしい。

そんなことがあるのか。
あたしには、
もう理解不能。
あんなふうに、人前でビンタされて
しかも、手の痕がつくほど強く、
そのうえで、キスされるなんて
あたしには、愛されてるって
感じしない。

ビッキーは、
自分の彼氏がイルカを調教する際にも、
似たようなことするから、
そういうこともありかなって
クッキーを見てるって言ってる。

いや、クッキーは、
イルカじゃないから。
あたしは、混乱しちゃう。

っていうか、
オンナの子の恋愛話って
こんな感じなのだろうか。
あたしは、これに
ついていかなくっちゃって
ひどく焦った。

汗かきそう。
クッキーの汗を思い出し、
汗だくのからだを思うと
熱くなってしまいそう。

すっかり、クッキーの話で
休憩時間が終わってしまう。

最後に、ミニマフィンの
ストロベリーとレモンを
口に入れた。

このミニマフィンは、絶品。
本物の果物をふんだんに使った
マフィンなのだ。
ミニとはいえ、直径は10センチある。
果汁とマフィンのふわふわ感で
たまらない味だ。
デミタスの珈琲をクイっと飲み、
あたしたちは、
フロアーに戻った。

フロアーでは、
相変わらず、クッキーが
マラソンしてる。
どうしても、走りたいのだろう。

いまは、お客様の小学生たちが
数人、後ろをついていた。
お客様の親たちは、
クッキーのマラソンも
サービスだと思っているのか、
微笑んでみている。

歓声をあげた小学生に
クッキーまで、歓声をあげはじめ、
小学生の名前を聞き出すと
連呼し始める。

迷惑だから・・・・

そう思いながら、
小学生の楽しそうな顔に、
落ち着いたあたしは、
ようやく冷静に見れた。

ラン医師の言葉が
蘇る。
オンナの気持ちを大事に。
そうだ。オンナの気持ちを
大事にしよう。
午前中みたいなことになっても、
あたし、大事にしようって思った。

クッキーと子どもたちの
マラソンに気をとられてたけど、
彫像のようになっている
フロアー係りがいて
目を見張った。

それは、プリシラだった。
フィリップに説得されたのか、
フロアーに出てきているのだ。

しかし、その様子は、
まさに、彫像だった。
動かないのだ。

お店は、相変わらず
満席に近いにも関わらず、
じっと、Bフロアーの
真ん中に立ち、
何かを睨み続けている。

なんだ。あれは。

接客とか、そういう問題ではなく、
動かないって
すごく目立つ。

まるで、呼吸すらしていないように
そのプリシラ像は、
表情も体も動かさず、
目だけが上の方を
睨んでいる。

悪魔じゃないんだから。

あたしは、急に
おかしくなってしまう。

だって、教会にいる
あの悪魔の像にそっくりなんだもの。

しっかりしたヒトに似せた
表情だけが妖しい
悪魔。

どうしちゃったんだろう。
プリシラ像は、声も
出さない。

お客様からの声をかけらえても、
びくとも動かなかった。

あたしは、それに見とれながら、
自分の接客に
忙しくなり、
プリシラのことなど
忘れてしまっていた。

ところが、気づくと
プリシラが近づいてきてる?

ほんの少しづつ
動いているのか、
プリシラ像は、
確実にあたしに近づいている。

ええっ

でも、どうみても、
動いているようには、
見えないけど。

Bフロアーも、忙しく
みんな、動き回っているなかで
立ちつづけ、
睨んだままの
プリシラは、異様だった。

あたしは、あれで
いいのかなって
思いつつ、
変なのと思った。

そこへ、クッキーが
思いっきり、
プリシラにぶつかった。

汗がとびちり、
プリシラが、小声で
オーと言った。

プリシラも
さっきのわたしみたいに
意識とからだが
離れてしまっているのだろうか。

クッキーは、
プリシラの声に
驚いたのか、
転んでいる。

べティーは、
プリシラとクッキーを
苦々しく見ていた。

ベッキーやベニスも、
一体、何事と
嫌そうな目で睨んでいた。

そうだよね。
こんなに忙しいのに、
フロアーの二人が
仕事してないのだもの。
非常事態だ。

リズを呼んでくると
誰かが言っている。

あたしは、ひそかに思った。
あたしのバイト代と
クッキーのバイト代は、
同じなのだろうか。

そして、べティーとプリシラは、
同じ給料なのだろうか。

会社は、どう思っているんだろう。

少し、ぼんやりしたあたしは、
転びそうになり、
お皿を落としそうになってしまう。

そのときのとっさの声は、
やっぱり、オトコ声だった。

絶望的。

また、ボイストレーナーに
通わなくっちゃ。

こんなに気になるなら、
声帯の手術も
考えてもいいかも、
と女性同士のお客様の
素敵な声に聞き惚れながら
考えてしまう。

接客は、あまりに忙しいと
お客様ではなく、
自分の頭のなかとの会話が
増えてしまう。

あたしだけかな。

あたしは、
オンナの気持ちを大事にしようと
せめて、小幅にゆっくりめに
歩いた。

歩くときの自分の姿勢に
意識を集中して
オンナらしくと思う。

それだけで、あたしは、
気分が変わって、
楽しくなってきた。

そう、あたしは、もう
ラン医師にも認めてもらったくらい
オンナなのだから。

ありがとう、ラン医師。

もうすぐ、あたしのバイトは、
終了時間。

あと少し、がんばろう。

つづく・・・・