久々のアラーム。
 
 メリーさんのひつじ、メリーさんのひつじ

その単調で愉快な曲が
鳴り響く久しぶりの朝。

あたしは、笑いながら起きた。
一緒にメリーさんの羊を歌いながら、
携帯をぽちっと押して
音を消し、
ジャンプして床に下りる。

ぽんぽんぽんと
階段を下りて、
キッチンに行く。

ご機嫌の朝だ。
あたしの大好きな初期のプリンスの曲を
流して、ノリノリに踊る。
朝からハイテンションだ。

ツナ缶を開けて、キュウリを薄くスライスする。
サンドイッチ用のパンに
ツナとマスタードマヨネーズをはさむものと
キュウリにマスタードバターを塗ったものという
2種類のサンドイッチを作る。
手早く、バニラのフレーバー珈琲を
淹れた。

あたしは、パワフルな
プリンスをハミングしながら
サンドイッチを食べて、
バニラの香りを楽しみながら
珈琲をすすった。

食べ終わると、
ランドリールームに行き、
溜まった洗濯物を洗濯機に入れる。
洗濯機が終わるまで、
元気良く掃除機をかけまくった。
プリンスを聴くと
お掃除がはかどる。
なんか、プリンスって
勝手な意見なんだけど
掃除機のリズムに合うんだ。
どの部屋も、隈なく掃除機をかけ終わると
ちょうど洗濯機が終わったブザーが鳴る。
あたしは、今度は、大きな乾燥機に
洗濯物をいれて、
伸びをした。

バイト前に気合を入れるために、
熱いシャワーを浴び、
ミントの香りでさっぱりした。
手早くヘアードライヤーで
髪を乾かすと
ジーンズに、真っ赤なTシャツを着た。

3枚くらいクッキーをつまみ、
保温されていた珈琲を飲み干し、
洗ってしまう。

さあ、出かけよう。
真っ赤なスニーカーを履いて
デニムの上着をはおった。

まだ、プリンスの曲が
あたしの頭をリフレインしている。

部屋の鍵をかけて、
あたしは、曲に合わせて
小さく踊りながら
バイト先に行った。

バイト先は、
なんだか、少し埃をかぶって
くすんでみえた。

あたしは、ちょっと
元気を失くしそうだったけど、
プリンスの元気をもらって、
従業員用の入り口を開けた。

久しぶりのロッカールーム。
みんながいて、
あたしは、挨拶して、ハグしあう。
驚いたことに、具合の悪かった
クッキーも笑顔でそこにいた。

まずは、全体ミーティングということで
大きな会議室に入る。
全員が席につくと、
見慣れた制服警官がひとりいた。
彼は、笑顔で挨拶すると、
パソコンをクリックし、
白い壁に映像を映す。

なんと、映し出されたのは、
ナンシーだった。

あたしたちは、仰天し、
ひそひそ話したり
驚きの声を上げたりした。

警官は、
   静かに
と言い
   保護施設にいるナンシーからの伝言です
とまたまた笑顔だった。

あたしたちは、
シーンと静まりかえり、
ナンシーの妙に元気で
コケティッシュな笑顔を
凝視している。

何を話すのだろうか。
あたしたちは、期待というよりも、
興味津々だった。

あのナンシーの顔を見るのは、
事件以来初めてだ。

というか、こんなに
大きなナンシーの顔を
凝視したことなど、
いままで、あたしには、なかった。

その金髪の髪は、
ところどころ、はねていて
ひとつひとつ色の違うヘアクリップで
留められている。
肩で切りそろえられているのに、
もっと短い感じがする。
しかも、色のことなるヘアクリップのせいで
寝起きか、寝る前のような
そんなプライベートな場面を
覗き見しているような気すらして
見てるあたしが、恥ずかしくなってしまった。

色の白いその肌には、
顔全体に小さなソバカスが
散っている。
特に、鼻の上からの
小さな円形を描くように
ソバカスが濃くなっていた。
ほとんどノーメークなのだろう。

良く見ると、
ブルーグレーのその目は、
小さくまばたいて
不安そうに見えた。

なぜか、眉毛だけが、
濃い色で、アイメークされている。
その際立った濃さが
男性的にすら、顔立ちを見せてしまっていた。

口元は、歪んだまま
横にひろがっていて、
そこだけみると、
いやがっているようにすら見えるのに、
顔全体で見ると
笑顔なのだった。
不思議だ。

首から下は、
全く映し出されていないので、
顔だけが、妙に浮きだって
あたしたちは、まるで
ナンシーの顔を
注意深く鑑賞する会のメンバーのように
大きく映し出された肌や目やメークを
チェックしていた。

さあ、何を話すのだろう、
とみんなが緊張しているのがわかる。

そのとき、制服警官が、

  みなさんは、お茶を飲みながら見てください。

と拍子抜けするようなことをいい、
出来たてのマフィンと
珈琲が配られた。

みんなにいきわたるまで
あたしたちは、
そのギョッとするほど大きい
壁に映るナンシーの顔を
穴のあくほど見つめていた。

つづく・・・・・