午後のバイトは、単調だった。
ぽつりぽつりとしか
お客様が入ってこない。

それをいいことに、
プリシラは、事務室へ
引っ込んでしまった。
全くフロアーへは、出てこない。

あたしは、淡々と
接客をこなしながら、
慌しく頭の中をまとめていた。

これまで聞いたことでの
最大の矛盾点に気づいた。

それは、当初、ベニスは朝礼の際、
プリシラに、プリシラの夫とナンシーの関係
と叫んでいたのに、
パウダールームでは、
ナンシーの夫とプリシラの娘との
不適切な関係になって
話されていることだった。

あまりにも大きな矛盾点なのに、
だれも気づかないのが、
不思議だ。
というか、気づいても、
オンナは、あまりそれを指摘しないのだろうか。

あたしは、頭がこんがらがって、
いったい、どっちなんだろうって
ウワサにすっかり振り回されていた。

でも、これって、なんか、
ちゃんとしたオンナって気もして
ちょっと嬉しかったりして。

途中の15分の休憩時間に、
ジョニーと一緒になったので、
ホワイトチョコレートをまぶした
やわらかいドーナツを
アイスティーで流し込みながら
本当のところを聞いてみた。

ジョニーはウインクして教えてくれた。

正しくは、
プリシラの現恋人と、ナンシーの娘が
不適切な関係であること。
ナンシーの娘は、まだ10代で
妊娠してしまっていること、という
はるかに衝撃的な内容だった。
プリシラの現恋人っていうのが、
50代だというから、
犯罪じゃないかという気さえする。

ナンシーは、訴えることもできるらしい。
それで、プリシラは、
どうしても利害関係もあることから、
現恋人と別れたくもないし、
訴えられたくもないと考え、
ナンシーをちやほやしているそうだ。

あたしが気になったのは、
そのナンシーの娘だった。
あたしには、関係がないけれど、
でも、まだティーンエイジャーの
少女にこのトラブルは、
大きすぎる。
その傷つきを癒せるなかまとの出会いを
痛切に祈った。

あたしは、バイトが終わると
ダッシュして
トランスのミーティングサロンに
行った。

そこで、さまざまなグループの
ちらしが並んでいる部屋に
急いで入って、
自分に必要なグループを探す。

えーっと、
オンナらしくなるグループ
お化粧のグループ
服装のグループ
学校のいじめのグループ
親との付き合い方のグループ・・・

あたしが欲しいのは、
これだ。
あった。
まさにぴったりのやつ。

『女性の井戸端会議SST』

SSTって、ソーシャルスキルトレーニングだ。
ああ、あたしに必要なグループが
あったんだ、ずっと。
なぜ、早く通ってなかったんだろうと
後悔しながら、場所と時間をメモした。

なんと、すぐそばの
エイミーティーサロンで
随時開催ってなってる。

エイミーさんという店主が
やってるのかしら。
SSTは、普通は、非常に構造的で
マニュアルに沿って行う
トレーニングなのに、珍しいなと
思いながら、サロンに急いだ。

エイミーティーサロンは、
驚くことに、学校のすぐそばだった。
可愛いドアがあたしを誘っている。
中は、全く見えない。
あたしは、少し不安になる。

でも、今日、行かなくっちゃ。
そう決意したんだ。

えいっと、
お店の中に入った。

薄暗くて、目が慣れないので、
じっとしていると、

 いらっしゃーい

と複数のおばちゃんたちの声がした。

あたしは、目をぱちぱちして
ようやく暗さに慣れてくると
あまりの別世界に驚いた。

なんと、入ってすぐに
小さいが真っ白でしっかりした
噴水がある。

まさに、アールデコ調といった感じの
どっしりとして
デコラティヴな家具と
柔らかなエンジ色の布が
品のある暖かさを演出していた。

 あのSSTできました

ともごもごしながら言うと、

 あら、こっちよ。

と暖かい声が、奥へ誘ってくれた。

それは、奥まった、ブランコの席だった。

あたしは、驚きながら、
そのブランコにすわり、
エイミーに挨拶した。

エイミーは、ドレスのような
すそが広がったレースたっぷりの
お洋服を着て、
にっこり笑ってくれた。
良く見ると、みんな名札をつけている。

エイミーは、

 名札をつけているのが、スタッフよ。
 普段の調子で井戸端会議をしているので、
 あなたも、中に入ってね。
 あなたが少し場違いなことをしたり
 言ったりしたら、優しく教えるわ。

と説明し、またたくまに
10人くらいのグループの中に
入れられてしまった。
そのうち、スタッフというなの
おばちゃんは、5人。
ということは、名札のない5人は、
あたしの仲間か。
そのわりには、楽しくしている。
あたしも、あんな風になれるのだろうか、
といきなりの本番に
焦ってしまう。

エイミーが、
なんと、ハイティーを
恭しく持ってきた。

あたしは、少しでも
普通に見えるように、
冷や汗をかきながら、
ブランコを少し揺らしてしまっていた。

ああ、ママ。
やっぱり、こんなむずかしいSSTは、
あたしには、無理かもしれないよ。

と心で叫ぶ。

ママからのことばをふと思い出す。
ライラ、何事も、経験よ。
だれでも、最初は、初めてで緊張するもの。
経験を重ねることで、
慣れてしっくりしてくるのよ。

そうだ、ママの言うとおりかもしれない。

あたしは、まな板の鯉になったつもりで
急に始まった不思議なSSTに
真剣にチャレンジした。

つづく・・・・・