ナンシーは、火傷したということで
すでに帰宅していた。
チーフがいないと問題なので、
Aブロックには、
プリシラがつくことになった。

プリシラは、こころからの笑顔なのかもしれないが、
なぜか、底冷えのするような
張り付いた笑顔にしかみえない
笑い顔で、あたしを迎え入れてくれる。

  さあ、残りの時間もがんばりましょう。
  怪我をしないようにね。

ことばもとても優しいし、
物腰も決してツンケンしていないのに
どうして冷たさを感じてしまうんだろう。

あたしは、なんだか、
背中がヒヤッとしながら
接客を始めた。

と同時に、プリシラは、
ナンシーのように、
ブロック内の行進を始めた。
基本的に、接客はしないようだ。

まあ、偉い立場だし、と
あたしは、あきらめて、
ランチの忙しい時間を
ほとんど小走り状態で
がんばった。

ようやく、お客様が引き始め、
あたしたちのランチタイムになった。

あたしは、てんてこ舞いで
すっかりべティーとの約束を
忘れて、今日何食べようと
考えながら、ロッカールームに向かっていた。

すると、べティーとジョニーが
廊下で待っていた。
ジョニーは、ステキなウインクをして
茶目っ気たっぷりの笑顔で
ランチは、べティーがご馳走してくれるって
とはしゃいでいた。

あたしたちは、
べティーのよく行くお店だという
優しそうな老夫婦がふたりで切り盛りしている
イタリアンレストランに入った。

そのお店は、観光客の歩くエリアから
少し横道に入ったところで、
あまり目立たない作りだった。

べティーが入っていくと
おじいさんが笑顔で、いらっしゃいと
迎えてくれた。

店内は、
イタリアの路地をイメージしたような
曲がりくねった通路に
不思議な配置のテーブルと
可愛い色彩の椅子が
少し照明を落とした小さな店内に
しっかり馴染んで置かれていた。

あたしたちは、中央奥の
きのこの形をしたテーブルに
案内された。
ポップな椅子なのに、
とてもすわり心地がよくって
驚く。

ランチサービスのコースを
オーダーすると
イタリアから取り寄せたという
シチリアの不思議なオレンジを
そのまま搾った
真っ赤なオレンジジュースー
ブラッドオレンジジュースが
運ばれてきた。

すぐに水牛でつくられたモッツァレラチーズと
トマトの前菜が運ばれてくる。
新鮮なオリーブオイルが
味を引き立てていて、とても美味しい。

続けて、ほうれん草のキッシュが
熱々でくる。
たまごのふわふわ感と
生地のサクサクがたまらない。

メインは、パルメジャーノのカルボナーラだった。
濃くのあるチーズに
アルデンテのパスタが
しっかり絡まって、
それでいてしつこくない。
素晴らしいバランスだった。

ドルチェにシャーベットをいただき、
イタリア風のエスプレッソを
楽しんだ。

お料理をしっかり楽しみながら、
べティーから、さまざまな話が出た。

主にプリシラと
プリシラが牛耳っている
お店の経営についてだった。

あたしは、バイトなので
あまり経営にも興味がないし、
ふーんという感じで
聞き流している。

ジョニーは、ひどく熱心に
聞き入っていた。

なぜだろう。
バイトに、経営のことなんて
必要かしら。

それとも、これが、
オンナの会話の仕方なのか。
あたしは、ちゃんと
オンナに見えるか、
そればかりが気になって
話に集中できない。

ママのことばがふっと
頭に浮かんだ。

オンナ・オンナって
そのことばかりに囚われていると
大事なことを
聞き漏らしてしまいますよ。

そうだった。
そうだった。

あたしは、我にかえり、
べティーの話を頭でまとめた。

それは、こういう感じだった。
プリシラの現恋人が
このお店をのっとるべく
プリシラが動いていること。
そして、それは、お店の
内容も経営方針も変わるということ。
ゆくゆくは、ベーカリー部門だって
無くなっちゃうかもしれないということ。

ええっ。
これは、大問題だ。
だって、フィッシャーマンスワープの
観光名所になっているくらいの
老舗のベーカリーカフェだ。

あたしの幼いころの思い出も
青春の思い出も、
楽しいイベントも、
みんなこのベーカリーカフェと
ともにあった。

そう、地元にも、愛されている
ベーカリーカフェなのだ。

大変、大変。
ママに知らせなきゃ。
とあたしの頭は、
ちょっとパニックだった。

大事な話を聞き漏らさないように
ちゃんとトレーニングを
受ける必要がある。
これ以上の情報を
まだ、ちゃんと頭で解析できていない。
あたしは、焦った。
あとで、またジョニーに
教えてもらおう。

べティーは、
あたしが真剣に聞いていることで
味方になると思ってくれたようだ。
何度か、握手して、
嬉しそうだった。

あたしは、
今日の学校の前に
なんとか、トランスの
ミーティングサロンに行って
トレーニングの日程を見てこようと
こころに誓った。

つづく・・・