ベーカリーショップに戻ると、
そこは、まだ警官がいたりして、
ひとでごったがえしていた。

お店は開店しておらず、
本日休業の走り書きの紙が
入り口ドアに貼り付けられている。

あたしは、勇気を振り絞って
従業員用の出入り口から入り、
ロッカールームに急いだ。

なぜなのか、
ロッカールームに行く間も
たくさんの人がいる。

ロッカールームに着くと
がらんとしていて、
だれもいなかった。
もう、みんな帰ってしまったのかしら。
そうよね。
お店もやっていないのだもの、
いるほうがおかしいかも。
あたしは、ここまで来たけど
どうしていいかわからず、
呆然として立ち尽くしていた。

すると、どこからともなく
知らないひとがやってきて、
こちらにおいでと
ジェスチャーで伝えてきた。

あたしは、どうしていいのか
わからないので、
ぼんやりしながら
その手の招くほうへ
ふらふらとついて行った。

気がつくと一番大きな会議室の前にいて
細く開いている扉の向こうが見えた。

そこには、社員やバイトが揃っていて
何やら恰幅のよい男性から
説明を受けていた。

あたしは、そっと後ろの列の椅子に
座った。
どうやら、説明しているのは、
警官のようだった。

しかも、ひとりではなく、
数人の警官がホワイトボードを
書いたり、説明したりと
キビキビと動いていた。

あたしは、まだぼんやりしながら
その力強い声に
集中しようと努力していた。

説明は、被害とか、傷害とか、
殺人未遂とか、殺人とか、
かなり物騒なことばが
当然のように並べられていて
あたしは、それだけで
めまいがしてきた。

どうも、あたしが、警官たちに呼ばれて
自宅などへ出かけたあとで、
騒いでいる男たちと
お店の男性スタッフとで
乱闘騒ぎになってしまったらしい。
その際に、ナイフやピストルなども
見え隠れしていて、
傷害や殺人未遂などの言葉が
出てきているようだった。

お店のスタッフの怪我の程度が
大きいらしく、
並んで座っているスタッフが
ざわざわしている。

フロアマネージャーのフィリップは、
怒鳴ったり、彼らを相手に
すごんでは掴みかかっていき、
ナイフで腹を刺されたようだった。

もともとフィリップは、
短気で怒鳴りつける癖があったので
それが不幸にも
大怪我につながってしまったようだった。
しかし、命に別状はなく
あたしは、ほっと安心した。

問題は、あの男たちの正体と、
ナンシーの行方だ。

いったい、何だったのだろう。

そして、いま、ナンシーはどこにいるのだろう。

驚くべき事実が
警官の口から出てきた。

あたしは、その言葉を理解することに
時間がかかってしまい、
何をどう感じていいのか、
全くわからなくなった。

男たちのリーダー格は、
やはり“ジャック・スミス”
だった。

なんと、“ジャック・スミス”は、
殺人を犯している
指名手配犯だった。

あたしは、あんぐりと口をあけ、
空気を吸い込むべく
パクパクしたが、
あまりのことに
胸が苦しくなってきた。

あたしは、知らずとはいえ、
殺人犯とふたりっきりで
何時間も過ごしてしまった。

なんてこと・・・・

あぶないところだったのかも
しれない。

あの絵の迫力
そして、あの妙な人形と子どもたち

それは、殺人の現場を
暗示していたのかもしれない。

あたしは、急に恐怖にかられて
寒気がしてきた。

殺されたのは、だれ?
そして、ナンシーとの関係は?

あたまがグルグルしてきた。

だから、オトコは、いやなんだ。
いつも、暴力にまみれている。
オトコには、暴力や血が
ついて回るのだ。
問題に直面するたびに、
ことばではなく、暴力でなんとかしようと
するのは、圧倒的にオトコだ。

あたしは、自分の暴力性にも
はかりしれない恐怖を感じた。

そう、姿かたちは、なんとか
オンナになってはみたけれど、
思考回路は、ともすればオトコのままだ。

なにか起こったときに、
実は暴力を振るいたい衝動にかられてしまう。

あの、カーっとして
からだの中から突き上げてくる
衝動を、未だ、
すべてコントロールできているとは
いいがたい。

あたしだって、
一歩間違えてしまえば、
殺人を犯さないという
保証はないのだ。

あたしは、深くため息をつき、
そんな、あたしの頭のなかを
誰かに見られるのでは、という
底知れない不安のなかで
震え始めた。

最初から、オンナだったら、
こんなことを感じないのだろうか。

暴力を振るう、ある意味の快感を
すでに知っているあたし。
それは、どんな言い訳をしたって、
あたしがオトコで産まれてきたという
証拠になってしまうのかもしれない。

そして、いつかは、あたしも、
だれかを大きく傷つけてしまうかもという
いつもの恐怖が
あたしを大きくゆさぶってきた。

ああ、アルコールが飲みたい。
酔っ払いたい。
どうしようもなく、乾く。
シラフではいられない。

あたしは、からだのふるえを
どうしようもなく
アルコールの欲求へと
つなげてしまっている。

グループセラピーで習ったように
あたしは、自分のからだを
自分の両腕で抱きしめた。

温かいなかまのハグを
思い出すために、
あたしは、一生懸命
自分を抱きしめる。

大丈夫だよ。
ひとりじゃない。
いまのあたしは、だれも傷つけない。
そして、自分を傷つけない。

あたしは、ぽろぽろと
涙を流しながら、
抱きしめ続けた。

愛されている。
なかまからの愛とハグを
目を閉じて、
イメージする。

愛してるよと
こころのなかで
自分へ何度もいい続けた。

つづく・・・