気づくと、みんな
泣きじゃくったり、すすり泣いたりと
泣き声の嵐のなかのようになっていた。

警官にとっては、
当然ではあるのだろうが、
フィリップの事件のあらましや
“ジャック・スミス”の
これまでの事件の経過などが
語られたため、
あたしたちは、
恐怖や不安が増してしまったのだ。

“ジャック・スミス”の事件は、
こうだった。

サンフランシスコに
バカンスにきていた
シカゴの家族がいた。
バカンスのために借りた
コテージで、楽しそうな様子が
ビデオに残っている。
お買い物か何かで
たまたま子どもたち二人で
お留守番をしていた。
そのときに、“ジャック・スミス”
が侵入し、子どもたちを
殺してしまったのだ、
ということだった。

なんてこと・・・
あたしが描いたあの兄妹は、
殺された子どもたちだったのだ。
安全だと思っていた
コテージの暖炉の前で、
楽しく過ごしていたときを
あたしがキャッチしてしまったのだろうか。
それとも、このことで
彼が捕まるというメッセージだったのか。
いまは、安全な場で
幼い兄妹の魂が
安らかであることを
こころからお祈りした。

あの絵を見たときの
“ジャック・スミス”と
警官たちの衝撃を
いまさらながらに
あたしも実感した。

本当に、すごいものを
描いてしまったのだ。

あたしは、自分の能力を
こころから畏怖した。
どうして、あたしに
こんな能力があるのか、
あたしにも不思議だった。

生まれたときから、
あたしは、ほかの子どもと
異なるものを見たり
聞いたりしていたらしい。

それをママは、
想像力のある、
かわいい子どもだと
思ってくれていたので
あたしを不気味に思うこともなく
育ててくれた。

それでも、あたしにとって、
外出したときに
ひとのうしろや
そこここに見えたり
聞こえたりするものを
不思議に思っていた。

家のなかでは、
亡くなった先祖たちと
いつも会話をしていた。
それは、とても興味深く
意味のある教えだったり
ただの昔語りだったりした。
あたしは、いつも
この会話を楽しんでいた。

ときどき、両親は、
あたしが知るはずのない
先祖の口調やクセや出来事を
知っていることに、
驚いていた。

小学生のときには、
うっかり、近所のおじさんが
もうすぐ事故に遭って死んでしまうよ
と教えてしまって、
大騒ぎになった。
本当に、あたしが話した1週間後に
運悪く飛行機事故で亡くなってしまったのだ。

あたしは、そのとき、
本当のことでも、
話してはいけないことがあることと
みんながあたしのようには、
いろいろ見えたり聞こえたり
していないことに、
ようやく気づいたのだった。

でも、自分の中に押し込めてしまうには、
あまりに情報量が多すぎた。
そのため、近所でも変人で評判だった
画家のところにアートを
習いに行くようになったのだった。
画家は、信じられないほど
優しくて面白いひとだった。
そこで、あたしは、癒されて
あたしに入ってきてしまう情報を
イメージとして描くことが
できるような訓練を受けることができたのだ。
ありのままのあたしを
描けるようにしてくれたこの画家に
あたしは、本当に出会えて幸運だった。

それからは、この能力を
うっかり話して
大騒ぎになることは、
全くなくなったのだ。

そして、あたしがインスパイアされて
ある特定のお客様だけの情報を
描くことが商売になっていくことに
あたしは、驚いている。

それでも、正直、
描いたものを喜んでくれるよりも、
衝撃や驚愕するお客様が多いのが
現実だ。

そして、いま、
こんなものを描いてしまったのに
殺されずにすんだことに
こころから感謝した。

あたしは、何か守ってくれる
ものがあるのだと信じられた。

そう、自分で自分をハグしてさえ、
なかまのハグを思い出し、
愛情を感じられるようになったのだ。

本当に、良かったと
思った。

まだ、警官の話は続いている。

ナンシーは、いったい
あの“ジャック・スミス”と
どういう関係なのだろうか。

そして、どこへ行ってしまったのか。

あたしには、まだ
わからないことだらけだった。

それに、なぜか、
プリシラがいなかった。

こんなお店の一大事のときに
プリシラがいないなんて
どうかしてる。
怪我をしたのかしら。
でも、さっきの怪我人リストには、
女性の名前はなかった。

こそこそ話している
社員の声から
別室での事情徴収されている
プリシラとかって
断片的に聞こえてくる。

プリシラにも、何かあったのだろうか。

あたしは、急に
尿意を感じて立ち上がった。

気づくともう漏れそうなくらい
激しい尿意だったのだ。

きっと、ずっと我慢してたんだけど
これまで緊張していて
気づかなかったんだ。

あたしは、こっそりと
ドアを開けて、
パウダールームに急いだ。

あわてて用を足し、
ほっとして
ミラールームで手を洗う。

何気なく見た自分の顔に
驚いた。
ほとんど化粧は落ちてるし、
ものすごく憔悴している。

まずい。
ヒゲがめだったらどうしよう。
永久脱毛は、ようやく
ワキにアシが終わったところだった。
これから、腕に入る。
そして、あの痛みに耐えられそうだったら
顔にも、と考えてるところだった。

顔は、ホルモンのお陰もあって
以前のようなヒゲは、
ないとは思ってるけど、
でも、化粧してないと
気になる。

どうしよう・・・

あたしは、持っていた
ちいさなバックから
毛抜きを出して
とりあえず目立つものを
抜いた。
痛いけど、仕方ない。

そして、パウダーをはたき、
アイシャドーと
リップグロスを塗った。

あたしは、オンナ。

大丈夫。
今日は、オッサンにはならないし、
明日も、きっと、大丈夫。

疲れた顔だったけど、
あたしは、自分に精一杯の笑顔で
魔法をかけた。

あたしは、ひとりじゃない。
大丈夫。

つづく・・・・