あっカラダがいたーい

気づいたら、朝だった。

昨夜のブラボーなダンスを
踊りすぎたらしく、
本来の動きをしたあたしの筋肉が
悲鳴を上げている。

まずい・・・
今日は、これからバイトだ。

あわててバスルームに行き、
バスタブにお湯をためて、
筋肉痛に効き目のある
ワコルダーの香りのバスソルトを入れた。

かなり効き目のありそうな
シップの香りにつつまれて、
全身がやわらかくなるのがわかる。
しかも、目が覚める~という
刺激のある香りだ。

ボディジェルも、ローズマリーにして
なんだか、治療院にいるような
神聖な気持ちになった。

すっかり、筋肉痛を治した気持ちになったところで、
朝食の準備。
昨夜のチャイニーズレストランで
テイクアウトしてきた
チャイニーズサンドイッチと
お湯を注ぐとお花が開く
チャイニーズティーを淹れた。

チャイニーズサンドイッチは、
パンの代わりにチャイニーズ菓子の
おまんじゅうの皮みたいなもので
野菜の餡を包んだもので、
とっても美味しいのだ。

今日の朝は、すっかり
チャイニーズな気持ちになり、
あたしは、長い髪を
このあいだチャイニーズレストランの
おばあさんから習ってきた
ミツアミにしてみた。

あたしの髪は、オレンジがかった金髪。
前は、オレンジかかっているのがイヤで
ブロンドに染めたりしていたが、
いまは、この本来の色が気に入っていて
すっかり染めることもなくなった。
美容院に行くのが嫌いなあたしは、
伸ばすだけ伸ばしていて、
そろそろお尻に届きそうってくらいに
伸びてきた。

だって、美容師って、あれこれ
プライベートなこと聞いてくるんだもん。
なんか、苦痛。
黙ってヘアスタイルを作ってくれる
美容院って無いのかしら。
あったら、絶対流行ると思うんだけど。

トランスして困るのは、
こういった非常に距離感の近い
サービスを受けるところの選択だ。
美容院やネイル、そして、エステに
マッサージ、眼鏡屋や
顔に近いパーツの病院など。
あげれば、キリがない。
トランスミーティングでも、
ひんぱんに話題にあがるのが、
こういったところの情報交換だ。

だって、せっかくトランスしたんだから、
これまで我慢してたオシャレとか
してみたいし、本当のあたしで、
病院とか行ってしっかり治したいところもあるのだ。
それなのに、トランスしても、
トランス前と同じ状況なんて、
悲しすぎる。
まあ、変なところでトランスが
ばれると殺されちゃうんだから、と
ママもパパも、それはすごく
心配してるんだけど、
あたしは、不自由で仕方がない。
早く、本当に、フリーな社会が来て欲しい。

さあ、お出かけの支度ができた。
バイトに急ぐ。

バイト先につくと、既に
忙しい時間帯になっていた。

あたしは、急いで制服に着替え、
Aブロックのお客さんに
笑顔を振りまいた。

ところが、何か、視線を感じる。
ナンシーだ。
なぜか、あたしを睨んでいるようだ。
どうしたっていうんだろう。

ちょっと、お客さんが空くと、
待っていたかのように
ナンシーが、あたしを
ウエイトルスの休憩用の小部屋に呼んだ。

ナンシーは、怖い顔つきで、
あたしに質問してきた。

あのパンは、なんなの?
いったい、サラダは、何種類あるの?

なんだ、なんだ。
何がいけないのか、何でこんな質問をされているのか、
さっぱりわからないあたしは、
とりあえず、答える。

あのパンは、全粒粉パンです。
サラダは、今日のサラダを入れて15種類あります。

すると、ナンシーは、

全粒粉パンって、何なの?

と悲鳴のような声で、質問してくる。
あたしにも、よくわからなかったので、

たぶん材料の小麦粉が全粒粉だと思うんですが、
違うのでしょうか?
よくわからないので、説明お願いします。

と言ってみた。
すると、ナンシーは、なんと泣いている。

わかるはずない。わかるはずない。
わたしには、わからない。
全粒粉なんて、わからない。
サラダの種類もわからない。

ブツブツ、ブツブツ
ひたすら、わからない、と続けている。
様子がおかしい。
泣き方も、ひどくなってきた。

あたしは、あわてた。
なんか、あたしが泣かしたみたいじゃない。
これは、まずい。
査定にひっかかるかも、と思い、
席を立って、プリシラを呼んでこようとすると、
ふいに、プイっと
ナンシーが席を立ち、
泣きながら、外へ出てしまった。
制服のまま、帰宅してしまうようだった。

オーマイガット!!

あたしは、驚きで、大声をあげてしまった。

あわてて、プリシラが入ってくる。

大丈夫だから。大丈夫だから。
そのまま、仕事に戻りなさい。

プリシラの指示により、
あたしは、仕事に戻ったが、
あまりの出来事に、半分上の空だった。

プリシラが、携帯電話をかけているのがわかった。

ふと見回すと、ジョニーが
笑顔でウインクしてくれた。

ちょっと、落ち着くために
パウダールームに行くと、
ビッキーがいた。
今日は、同じ時間で働けるらしい。
良かったと思っていると、
ビッキーが、

また、ナンシー、やっちゃったんだって!?
わたし、バイトじゃないのに、呼ばれたよ。

といたずらっぽく笑っている。

よくあることなんですか?

と尋ねると、ビッキーは、

よくあるんだよ。
そのせいで、わたしは、プリシラに嫌われてるから、
バイトの時間を減らされてるんだけど、
こうして呼ばれて、しっかり働けるんだ。
ラッキー!!
ライラ、ありがとう。

と大きなハグでお礼を言われた。

あたしは、何がなんだかわからないけど、
良いことをしたみたいなので、
ちょっと、うれしかった。

それにしても、ナンシーってば、
人騒がせだ。

今夜のミーティングで
ちゃんとシェアしないと、
あたしは、やっていけない、と
ため息をついた。

つづく・・・