バイト、やっと終わった。
今日は、疲れた。疲れた。

ランチのときに、ビッキーに聞くと
ナンシーは、まだまだ奇行があるらしい。
別に、あたしだから、ではなくて、
いつものことなんだそうだ。
あたしとのときに、奇行が起こっているので、
あたしは、あたしのせいかと
かなり困っていたんだけど、
そうではないらしいことがわかって、
少し、ほっとした。

それにしても、どうしてナンシーは
あんな状態で、働けるんだろう。
相当なコネクションがあるんだろう、上に。
びっくりだ。

あたしは、体中が砂袋になってしまったみたいな
重たい気分になっていた。

今夜は、月に2回開催される
トランスのセルフヘルプグループミーティングの日。

まだ、時間に早かったけど、
どうしても、家に帰ってひとりになりたくなかったので、
大好きなセーフAで夕食を買って、
早めに会場に行くことにした。

セーフAは、相変わらず混んでいて、
あたしは、この喧騒に、少し救われた。
今夜は、インド風に決めた。
インドナンのサンドイッチと
インド風のサラダ。
そして、インドから輸入された飲み物。
チャイティーみたいな、甘い紅茶だ。
そして、いつもの、セーフAハンドメイドの
クッキーを2枚奮発した。
そういえば、セーフAブランドの
ティーパックになっている珈琲が
とても便利で、最近のマイブームになっている
あたしは、ミーティングにも
ひとつ差し入れようと、買い込んだ。

アジア人のレジ係りのところで、
会計をすませて、
あたしは、少し元気になって、
会場に急ぐ。

今日の会場は、目立たないように
弁護士の個人のお宅兼事務所だ。
もちろん、この方アリスも、あたしと同じ
トランスされている。
バスで10分くらいの
高級住宅街にある。

あたしは、事務所の方の呼び鈴を
鳴らした。
温かい笑顔のアリスが出てきた。

  いらっしゃい。
  待ってたわ。

少し早めなのに、歓迎の挨拶で、
ハグにキスまでしてくれて、
すごく嬉しかった。

まだアリスは、仕事が残っているとのことで
あたしは、ひとり、
会場になっているミーティングルームで
勝手に珈琲を入れて、
ディナーを食べ始めた。

すると、アリスのパートナーのキャンディが
入ってきて、笑顔でいらっしゃいと言ってくれ
とても心のこもったハグをしてくれた。

キャンディは、このあたりでは有名な
レズビアンの活動家だ。
あたしの母親くらいの年齢で
社会にカムアウトして生きている。
それだけでも、素晴らしいのに、
大学で教鞭をとっていて、
非常に学術的にも、活動を広めていってくださっている。

もともと、ゲイ&レズビアンの団体は、
トランスとは、一線を画している。
というか、トランスを排斥気味だ。
同じセクシャルマイノリティーだから、と思うが、
バイセクシャルも排斥気味だし、
この世界も、なかなか難しい。

そんななかにあって、
有名なレズビアンのキャンディが、
トランスしたアリスと
ステディなパートナーになったことは、
この世界では、革命かクーデターか
というくらいのスキャンダラスな話題になった。

いろんないわれないバッシングに耐え、
キャンディとアリスは、
もう7年もパートナーシップを続けている。
そのことが、この世界の価値観をも
変えようとしていることに、
あたしは、いつも励まされる。

アリスだって、かなり若いのだけれど、
弁護士として成功するまでには、
人前に立つ仕事であるから、
かなりの辛苦があったと思うのに、
いつもあっけらかんとしていて、
とても強いひとだと思う。

あたしの憧れのふたりだ。
いつか、あたしも、お互いの
マイノリティーを受け入れ、理解しあった
パートナーと出会いたいと思っている。

ミーティングの時間が近づき、
続々と人が集まってきた。
今日は、30人くらいになりそうだ。

時間になると、
まず2つのグループに分かれる。

それは、10代のうちにトランスしたグループと
20代以降にトランスしたグループだ。

やはり、10代にトランスしたかどうか、は、
からだの骨格や人生がずいぶん違うので、
悩みが異なるのだ。
そのかわり、性別のどちらにトランスしたかは、
グループでは問わない。
これは、そうだよね。
だって、この性別の差別を受けている
グループなんだから、ここで分けるのは、
なんか、ちがう、気がするもの。

あたしのいる20代以降のグループのテーマは、
声についてだった。

声変わりしたあとの男性から女性になることや
ある程度、声質が決まった女性から男性になることは、
声だけが、なかなかパスできずに
話すことができなくなるトランスのひとも多く
大問題なのだ。

まず、ボーカルセラピーや
声帯の整形手術の現状を
スライドで説明された。

実際に、セラピーを受けているひとや
手術を受けたひとのシェアが続く。

あたしは、そのひとつひとつのシェアを
注意深く聴いた。

あたしも、実は、ボーカルセラピーを
受けて、ここまで来ている。
それは、セラピーというよりは、
トレーニングだった。
いかに、無理な声を自然にするかという
トレーニング。
あたしは、1年間、みっちり通いつづけ、
過酷な訓練によって、
ようやく、女性のハスキーボイス程度の
声を手に入れたのだ。

黙ったまま、生活できるのであれば、いいが、
サンフランシスコでは、そうはいかない。
買い物から、街中、さまざまな場所で
挨拶が飛び交うこの街で、
黙っていることは、オカシイひとの
レッテルを貼られかねない。

かといって、トランスがバレバレの
声を出しただけで、
殺されてしまったなかまがいる。

あたしたちにとって、
声は、本当に生きるか死ぬかくらいの
重大な問題なのだ。

なかまの中には、
涙をながし、トランスしたことで
部屋に引きこもっているしかない人生に
なってしまったことを
切々と語るひともいた。

あたしたちは、自分のために
トランスして、幸せになろうと努力しているのに、
絶望に突き落とされるなんて、
ものすごく不公平だ。
何も悪くないのに、
ただ、あたしがあたしになっただけなのに、
声も出せずに生きることは、
本当に、つらい。

なかまたちのシェアは続き、
あたしたちは、泣きながら、
ハグを繰り返す。

こうして、語ることで、
あたしたちは、なかまがいることに
安心し、明日に生きられるのだ。

いつか、きっと、幸せになれる!

と信じられるのだ。

そう、アリスとキャンディの
カップルみたいに。

あたしは、大きな力と
温かい安心感をもらって、
ミーティング会場を出た。

そして、ハミングしながら、
家路についた。

それでも、あたしは、幸せだ。
ナンシーは、ヘンだけど、
殺されることもなく、
女性としてバイトに行き、
学校生活も続けられている。

帰りのバスは、
幸せな色の空気に染まってみえて、
あたしは、笑顔になった。

つづく・・・