足が学校に向かない。
どうしても、向かない。
なんだか、こころが
さまよってしまっている。
どうしようもなく、
あたしは、どうしようかと
考えていた。

足は、勝手に動く。
信じられないくらいの
スローペースながら、
どこか特定の場所に
向かっているかのように、
確固たる足だ。

あたしの足だというのに、
なんだか、魔法にかけられた
ようだった。

あたしは、仕方なく
自分の足に
行く先を任せることにした。

ペースがゆっくりって
こともあって、
歩きながら、
久々に、きょろきょろと
町並みを見た。

そういえば、こんなふうに
ショッピングエリアすら
最近、歩いていない。

ショーウインドーを
ひとつひとつ
じっくり見ながら、
その個性や大胆な色彩、
そうかと思うと、
ひたすらコマーシャル風などに、
あたしは、見とれていた。

小さな洋服屋さんでは、
セールが行われている。
どれも、綺麗で大胆な発色の
お洋服だ。

あたしは、歩道に張り出しそうになっている
お店のドアをまたいだ
セール用のポールに
思わず手を伸ばしてしまう。

それは、非常にガーリーな
インディゴブルーに、真っ白なレースのついた
ケープ風のジャケットとお帽子のセットだった。

あたしは、衝動的に
これを買ってしまった。

あまりにも、可愛かったから、
気づいたら、カードを
お財布から出していたって感じだ。

あたしは、早速、
そこのお店の試着室で
着替えさせてもらって、
買ったばかりのお洋服とお帽子を
身につけた。

ラッキーにも、
今日の服装にも、
なんとか合格点だった。

今日は、
オレンジ色のミニワンピースに
レース素材のタイツと
白のスニーカーだったから、
インディゴブルーが、
似合ったのだ。

ジーンズだと、
もっと可愛かったかもしれないけど。
次は、そうしよう。

お店の店員さんに、
とっても良くお似合いですよ!
とお決まりのセリフをもらって、
あたしは、ご機嫌になった。

お店を出ると、
また、あたしの足は、
決まっているかのように、
歩き続ける。

いったい、どこへ。

ずいぶん、歩いただろうか。

手には、スタバのソイラテを持ち、
あたしは、すっかりお散歩気分を
満喫していた。

目の前には、見慣れた建物。

そう、ラン医師のいる
『プリン』
だ。

門柱に描かれた
洋菓子のプリンは、
装飾のマークでありながら、
美味しそうな匂いまで
感じさせた。

あたしは、何の抵抗もなく、
プリンの敷地内に入っていく。

今日も、さまざまなグループが
行われているので、
大勢のひとたちが
行き交っていた。

あたしは、玄関フロアーを入り、
ロビーまで
ぶらぶらと歩いていく。

すると、なんと、ナースの
クリスに、偶然、出くわした。

クリスは、最初のときから
全く変わらない笑顔で、
まるで当たりまえのように、

  ライラ、いらっしゃい。

と言った。

あたしは、ちょっと恥ずかしくなって、
小さい声で、こんにちは、と言った。
ソファーに座って、
ぼーとしてようと思ってると、
クリスに腕をつかまれていた。

  ちょっと、こっちに来て。

ええっ
えーーーーー

  別に診察とかミーティングに
  来た訳じゃなないので・・・

とあたしが、もごもご言ってるのに、
クリスったら、強引に、
あたしの腕をひっぱったままだ。

ああ、見慣れたミーティングルームだ。

ラン医師は、これまた当たり前のように、
そこに、ちょこんといて、
あたしに、

  さあ、こっち。

とだけ、言った。

なんだ。なんだ。
ラン医師の生贄になるのは、
気が進まないな~って
思っているのに、
あたしったら、
ちゃんと、座ってしまった。

ラン医師の前の最前列の席。

これから、オープンミーティングが
始まるのだ。

押し合い圧し合いして、
席は、満席だというのに、
あたしは、みんなの嫉妬の視線を
痛いほど感じながら、
最前列で、落ち着きなく座っていた。

オープンミーティングというのは、
ラン医師の開発した
新しいグループ療法のひとつで、
みんなの前で、ラン医師に治療や
個人セラピーを受けるという
非常に斬新なミーティングだ。

人権団体には、
かなり批判されている。
だって、最も個人的な悩みや
問題が、匿名でもなく、
垂れ流しされるどころか、
暴かれていくのだから。

でも、この手法は、
受けている患者だけでなく、
聞いている患者にまで
セラピーを体験させ、
治療的にさえしてしまうという
非常に綿密に計算された
ラン医師ならではのショーなのだ。

患者としても、
ある意味、治療室よりも
オープンであるがゆえに、
安全に感じて、
治療を受けやすいメリットもあった。

だって、ラン医師と
ふたりっきりに近い状況で
個室にいたら、
ちょっとというか、かなり
緊張して、治療にならないよね。

あたしは、ひさびさの
ラン医師のオープンミーティングに
興味津々だった。

話し始めると、止まらないラン医師は、
まずは、独壇場で話をする。

で、急に、あたしを指名。

  あんた、いまの問題を話しなさい。

えっーーーー、何をどうしろと。
あたしは、どう話そうか、考えた。

とにかく事件のことと
“ジャック・スミス”のこと
そして、ナンシーの娘のことを
早口で話す。

ラン医師は、途中でさえぎって、訊ねる。

   あんたは、何に困ってるの。

あたしは、この禅問答のような治療で
頭の中を何度シャッフルされて
混乱したことか、と
怒りまで思い出して、
頭をフル回転させた。

   んーー恐怖かな~
   ちがう、不安かもしれない。

ラン医師は、目を輝かせて、
 
   ちがうな~
   だって、怒ってるだろ。

ほふっと笑って言う。
あたしは、思わず、むっとして、

    急に、ここに来て、
    こんなことになってるからです。

なんて、言ってしまう。
ラン医師は、ぐふふ~と思いっきり
笑い転げて、

     それだろ、それ。
     急に、いろんなことが起きたから
     怒ってるだろう。

だって。

そうなんだけど。
確かに事件も、そうなんだけど。
恐怖や不安については、
トラウマワークで扱ったけど、
あたしの怒りは、あつかわなかった。

思いがけない出来事に巻き込まれれば、
怒りが、当然出るよね。
でも、事件が大きいほど、
それは、表面には、出てこない。
だって、恐怖が大きいから。

ラン医師は、続ける。

   どうなの?
   オンナの気持ちは?

はあ??
この急展開が、やなんだよ。
どう答えるかを考えてた質問が、
ことごとく、やってこない。

   オンナっていわれても・・・
   やっぱり、半分オトコだし~

なんて、ふざげてるみたいな答えを
言っちゃったよ。
あーあ。

   あんた、オンナなんだからさ。
   オンナの気持ちを大事にしてさ、
   あんまり、オトコだと
   妄想をたくましくしないほうがいいよ。
   だって、オンナじゃないか。

って、ラン医師、あーた。
あたしのこと、
ずっと、ボクって言ってたくせに、
急に、オンナだって言われたって・・・

   じゃ、終わり。

とあたしのための時間は、
急に終わった。

あたしは、何がなにやら、
わからなかった。
また、シャッフルされてしまった。

オンナの気持ちね~

他のひとのセッションを
聞きながら、
涙を流し、
怒りを出し、
笑いながら、
あたしは、この安全な空間にいた。

ラン医師の言葉を
からだにしみこませながら、
あたしは、いた。

オンナの気持ちか~

クリスが、クスっと
微笑んでいるのが、
横目で見えて、
ちょっと悔しかった。

あたしは、いま、なにが問題なのだろう・・・

つづく・・・・