ロッカールームに入ると
これまで通りに
ベニスが、ウワサ話を
大きな声でしていて、
みんなの注目を集めていた。

ウワサ話っていっても、
男女関係のことばかりで
すごいんだけど・・・
キラキラしたイヤリングを
激しく揺らして話す。
刺激的な話は、みんなを
圧倒する。
今日も、自分のこれまでの
過去の男たちが、現在
どのようにわたしを誘惑するか
という話になっている。
ところどころ、ナンシーの夫の
話にまでなるのが、すごい。

あたしは、なんだか
圧迫感を感じながら、
久しぶりの制服を着た。

べティーとビッキーが
そばにきてくれて
優しい声で
これからもがんばりましょうと
言ってくれた。
握手が力強くって
あたしは、それだけで
ほっとする。

クッキーがバタバタと
走ってきて、
あたしたちのそばまでくると
汗だくで息をきらし、
とっておきの笑顔を見せた。

クッキーは、なぜ
いつもあんなに暑くもないときに
大汗をかくのだろう。

後頭部から
噴水のように汗をたらし、
甲高い声で、
クッキーも、ナンシーのように
ハイテンションだった。

  これから、よろしく。
  べティー、ビッキー、ライラ。
  わたしさ、どんなこともできるから
  なんでも言ってね。

だって。
なんだか、不思議。
これだけ話すと、また意味なく
ロッカールームをダッシュして
隅のほうにいたプリシラに
やはり甲高い声のままで
挨拶してる。
  
  プリシラ。わたし、
  プリシラのこと応援してるから。

衝動的みたいに
汗だくのからだを
プリシラに押し付けるようにして
ハグしてる。

みんなは、振り返って
そんな二人を見つめた。
ふたりの関係を推し量るような視線。
プリシラは、仮面のように
表情を消したままだ。
さすがのベニスまでが、
だまってしまった。

どんなふうに感じているのか、
クッキーは、
プリシラに抱きついたまま
後ろを振り返るようにして
みんなににっこりした。

唖然としていると
さわやかにリズが入ってきて、

   さあ、フロアーに行きましょう。

と笑顔でみんなを促した。

それを合図に、あたしたちは、
フロアーに行こうと
ざわざわしながら歩く。

すると、いきなり大きな声がした。

    なんでよ。
    なんで、わたしが、フロアーなのよ。
    接客なんて、わたしの仕事じゃないわ。
    リズ、なんとかして、 
    わたしの仕事内容を変えてよ。
    こんなのあんまりよ。

いつもクールなはずの
プリシラだった。
接客がよほどいやなのか、
からだごと、いやがっているような
態度だ。

リズは、困ったように
プリシラを見て、

    わたしには、そういったことは、
    どうにもできないから、 
    フィリップに言ってね。

と抑えた声で言った。

プリシラは、クールな笑顔を
ようやく作ったものの、
衝動的な声
奇声みたいな声を上げながら
泣き始めた。

あたしは、仰天する。
クールの笑顔が張り付いたような
あのプリシラが
どうして、こんな
ヒトが変わったような
態度になってしまったのだろう。

リズが、みんなは早くフロアーへ
と急き立てるので、
あたしたちは、
静かにフロアーに急ぐ。
泣き続けるプリシラを残して。

クッキーが妙に笑顔で
スキップするかのように
泣いているプリシラの横から
フロアーに急ぐのが、
奇異に見えた。

フロアーにつくと
すぐに開店だった。

あたしたちは、ランチの時間に
まだ早いので、
少しフロアーを歩いて
店に馴染もうとしている。

しかし、いままでになく
長く休んでいた有名店の
開店なので、
どっとお客様が入ってきた。
お店の前で行列ができていたのか、
あっというまに満席だ。

あたしがバイトとして入店してから
初めての開店同時満席だった。

プリシラのことなんて
すっかり忘れて
フロアーをすべるように
歩き回る。

久々のオーダーなので、
お料理の名前とか
間違えそうになってしまい、
何度も繰り返したりしてしまう。
焦っているのに、
時間のかかる悪循環。
あたしは、すっかり
満席の雰囲気にのみこまれている。

テーブルセットや
お皿をサーブするたびに、
あたしの笑顔は、
擦り切れそうになってしまう。

どうしよう。
ちょっとパニックしてきた。

声が、オンナの声で
なくなってるような
気がしてきたのだ。

お客様から呼び止められて
はーい
という返事が、
オトコ声になっているのではないか、
と不安で不安でたまらなくなる。

忙しいので、
声のコントロールまで
意識していなかったせいか、
地声に近い。

どうしよう。
可愛い制服なのに、
声で、あたしのこと
みんな振り返ってヘンだと
耳打ちしているのではないか、
と思ってしまう。

急に、自分が
音のない世界に
いるような気がした。

時間が、止まってしまったかのように
ゆっくりになる。

あたしは、声を出せず、
笑顔をみせられず、
どうしよう、と
止まってしまった。

ヘンなあたしに気づいたのか、
べティーが、
あたしの横に来て
耳打ちする。

 どうしたの。
 動けてないわよ。
 少し、パウダールームにいって
 落ち着いてきて。

あたしは、その声を
自動的に聞いたかのように
ロボットのように
パウダールームに行った。

パウダールームの鏡には、
少年のような顔の
困ったあたしがいた。

どうしよう。
やっぱり、オトコになってる。

あたしは、パニックで
逡巡する。

そうだ。
とりあえず、声だしてみよう。

ドレッサーコーナーの
椅子に座って
鏡に笑顔で声を出す。

  はーい。
  いらっしゃいませ。

絶望的だった。
声は、オトコ声だ。
どうしよう。

そうだ、緊張すると
声帯が狭くなって
声が低くなってしまうって
ボイストレーナーが言ってたっけ。

あたしは、深呼吸して
安全なイメージを
一生懸命、浮かべた。

そして、セラピストや
なかまたちの
大丈夫
という温かい毛布のような
言葉を何回も思い出す。

ふ~~
は~~

腹式呼吸で、
あたしは、少しリラックスできた。

もう一度
声を出す。

  はーい。
  いらっしゃいませ。

大丈夫。
ハスキーだけど、
オンナ声だった。

あたしは、ほっと安心して
鏡のあたしに
笑いかけた。

大丈夫、あたしは、オンナ。

魔法をかけるように
ピンクのルージュをひいて
マスカラをつけた。

かわいいオンナよ、ライラ。

ローラの声を思い出し、
うっとりして、
鏡の自分を見た。

さあ、フロアーへ戻ろう。

元気良く、ドアを開けようとしたら
クッキーが飛び込んできた。
大汗の汗だくのままだ。

あたしは、クッキーのために
少しスペースをあけて
自分は、フロアーに
すべりでようとした。

つづく・・・