クッキーは、パウダールームに
飛び込むや否や、
あたしに、つかみかかるように
声をかけてきた。

  ライラ。早くきてよ。
  フロアー、すごい状態なんだから。

思わずあたしは、小声で謝って
そそくさと行こうとすると
がしっと腕をつかまれた。

そのままドレッサーコーナーの
椅子に座られると
なぜか、クッキーだけ
立ったまま、腕組みする。
それにしても、
こう至近距離でみると
ますますすごい汗の量に
驚いてしまう。
すっかりお化粧は、
はげてるし。

   ライラ。
   実はね。
   テーブル1なんだけど、
   親子でさ、アレルギーだっていって
   すごく細かいオーダーなのよ。
   どうしたらいいの。

そんなこと、ここで言われても困る。
あたしは、曖昧な笑顔で

   とりあえず、クッキー
   フロアーに戻ろうよ。

と言うが、迫力あるその姿に
あたしは、立ち上がれない。

   えっと、細かいオーダーって
   どんななのかな。

とりあえず、聞いちゃったよ、あたし。
ああ、ここ、パウダールームなのに。

クッキーは、うーんと
唸り始めて、
たらたらと頭から汗が噴き出してきた。

  あのさ、ライラ。
  なんか、すごいわけ。
  どうしていいか、わからないのよ。
  あのテーブル1のスミスちゃん。

えっ、スミスちゃん?
もしかして、知り合いなのか。
あたしは、
 
  あの、そのひと、クッキーの
  知り合いなの?

と聞くと、クッキーは、
あわててヘンな笑いをして

  ううん、別に知り合いじゃないけど、
  たまたまネームプレートつけてるから
  そう呼んだだけ。

はあ~
知り合いでもない、
しかも困ったお客様と言ってるのに、
ちゃん付けで呼ぶって、
どういうことか、全く理解できない。

あたしは、とにかく
フロアーに出ようと、
思い切って、オトコの力を出して、
ふたりでフロアーに戻った。

とりあえず、テーブル1の
お客様を見ると、
なんと、初老の夫婦と中年の男性だ。
クッキーが、ちゃん付けするから
てっきり、若い親子なのかと
思ってしまう。

クッキーは、
頭から湯気が出そうな勢いと汗で
そのお客様の前で
畳み掛けるように
ハイハイと言い続けてる。

あたしは、クッキーの後ろから
どうやって
ヘルプしたらよいのか、
途方にくれた。

あまりの勢いに
あたしの入る隙がないのだ。

クッキーが
オーダーを取るまで
仕方なく
うろうろしながら
待っていると、
クッキーがすごい勢いで
あたしめがけてやってきた。

あたしの腕をつかむと
キッチンコーナーまで
連れていかれた。

  全然わからないって
  言ってるのに、
  どうしてライラ、助けてくれないのよ。

そういわれたって。
あたしは、
こころのなかで、
オーマイガットと叫んだ。

でも、ちゃんと笑顔で対応。

   とりあえず、オーダーとってたじゃない。
   で、何が細かいの?

クッキーのオーダーシートを
あたしは、見た。

えっ
ええっ
白紙?
真っ白ーーー

オーマイガーーーット

あたしの頭が沸騰しそうだ。
なんなんだ、これは。
基本のオーダーすら
書かれていない。
クッキーに尋ねても、
しどろもどろで、
全くわからない。
なんで、こうなるのだ。

で、なんだったのだ。オーダーは。

あたしは、思わず、オトコ声
一歩手前のドスの効いた声を
出しそうになる。

ああ、神様。
あたしをオンナのままで
いさせてください。

深呼吸して、クッキーに向き合う。

   クッキー。
   細かいオーダーではなく、
   基本のオーダーは、なに?
   ドリンクは、一体何なの?

クッキーは、泣きそうな顔で
声を絞り出した。

   ライラ。
   実は、オーダーが聞き取れなくって
   何もわからなかったの。

それなのに、
ハイハイって言ってたじゃん。
どうやって、ヘルプするのさ。
あたしは、唖然とした。

とりあえず、速攻で
あたしは、テーブル1に向かう。
そして、とっておきの笑顔と
可愛い声で、謝りながら
再度、オーダーを取らせてもらった。

ちゃんと、お客様、話してる。
どこが、聞き取れないのか、
全くわからないわ。

ふつうのオーダーだった。

でも、オーダーを確認し、
あたしが、キッチンへ
行こうとしたとき、
その老夫婦が小声で
ささやいた。

   さっきのウエイトルスは、
   病気なのかい?
   汗びっしょりで、目が合わないし、
   なんだか、変だったよ。

あたしは、思わず
笑っちゃいそうになるのを
抑えて、冷静に言った。

   病気ではないのですが、
   アガリ症なのです。
   きちんと対応できず、失礼しました。

すると、中年男性が、これも
小声で、言ってくれた。

   なあ、おねえさん。
   きっと、あの娘は、こころに問題があるよ。
   わたしは、セラピストなんだ。  
   困難な問題を一緒に乗り越えようって
   あの娘に名刺を渡したいんだけど。
   ちょっと呼んできてよ。

さすが、サンフランシスコだわ。
3人に1人は、精神科医か
サイコセラピストだもの。
こうやって、日々営業活動なのね。
と妙に感心しながら、
クッキーを呼びにいった。

そうね。
クッキーも、
あたしみたいに、
専門家の助けを借りれば、
もっとラクに生きられるわ。

  
  クッキー。
  クッキー。

なんだか、キッチンが、ざわざわしてる。
クッキーも、見当たらないし。
いったい、どうしたっていうんだろう。
あれ、プリシラ?

つづく・・・