【キラキラしたい☆】44
あたしが、会議室へ戻ると
警官のお話が終わったらしく、
みんなぞろぞろと出てくるところだった。
一様にみんな
ひどい疲労感を顔に浮かべている。
それはそうだ。
あたしは、わからないことも多いながら
とりあえず、話が終わっていたことに
ほっとした。
ベニスの言葉から
プリシラのことが聞こえてくる。
恋人のことだ。
やっぱり、サンデイとグレイが
ナンシーの娘のことで
児童センターに相談に行ったからなのだろうか。
逮捕されるかも、とか、
小麦粉とか、いろいろウワサしている。
ナンシーの娘は、13歳なのだそうだ。
これでは、犯罪だ。
逮捕されて、当然。
あたしは、そのお嬢さんのことを
ちょっと想像して、
保護されたことに感謝した。
しかし、小麦粉って、なんだ。
まだ、会社関係でも、
逮捕されるようなことがあるのだろうか。
それにしても、ナンシーだ。
いったい、どこに?
みんなは、ナンシーの行方を
知らされていないようだった。
というよりも、まだ
行方不明のままのようだ。
夫と二人で、そのまま行方知れず。
ということは、よほど
あの“ジャック・スミス”が
怖いのだろう。
“ジャック・スミス”ってだれだ。
あたしは、疲労で満杯の頭で
ナンシーとの関係を思った。
いったい、なんだったのだろう。
べティーとジョニーが
あたしのそばにきてくれて
大丈夫と心配そうに声をかけてくれた。
あたしは、小さい笑顔で
なんとか、と答えた。
あまりにも疲れているが、
あたまは冴えてしまい、
一部が活性化したままだ。
あたしは、これからどうしようかと
途方にくれていた。
べティーとジョニー、そしてビッキーが
お茶に誘ってくれた。
あたしは、お誘いを受けることにした。
近くのアイホップに行くことにした。
アイホップのパンケーキを見れば
きっと元気になる、そんな気がした。
あたしたちは、
とぼとぼと歩いた。
歩いているあいだ、みんな黙っていた。
アイホップのドアをあけると
元気なおねえさんが、
ようこそ!アイホップへ!!
と声をかけてくれて、
独特の甘い香りが迎えてくれる。
あたしたちは、奥の席に
案内してもらい、
それぞれ、スペシャルなパンケーキを
オーダーした。
すぐに珈琲がきて
じっとすすっている。
しばらく珈琲がからだに沁みわたるのを
味わっていた。
ほどなくして、スペシャルオーダーの
パンケーキがやってきた。
思わず、歓声と笑顔が出た。
べティーは、ピーチスペシャル。
これでもかとピンクやホワイトのピーチが
乗せられていて、ホワイトチョコレートと
シュー生地がデコレートされている
7枚のパンケーキは、さくらの花のような
美しさで壮観だった。
ジョニーは、アイスクリームスペシャル。
いろとりどりのアイスクリームが
生クリームとともに、デコレートされて
レインボーなパンケーキになっていた。
真ん中には、ふつうサイズのソフトクリームが
コーンつきで、どーんと置かれている。
パーティー仕様のようなにぎやかさだ。
ビッキーは、チョコレートスペシャル。
なんと5種類の色とりどりのチョコレートが
生地に入っていて、生地そのものがチョコレートだ。
そのうえに、7種類のチョコレートが
デコレートされ、生チョコレートのケーキが
ちょこんと乗っていた。
チョコ色に染まって、香り立つパンケーキだ。
そして、あたしは、フルーツスペシャル。
10種類ものフルーツがところせましと
デコレートされ、カスタードクリームと
バニラアイスが飾られていた。
まんなかのフルーツゼリーが
たまらなく可愛いフリルの形だった。
あたしたちは、思わず、
すっかりこれまでのことなんか忘れて
この7段パンケーキにかぶりついた。
たまらなく、美味しい。
こんな美味しいものがあるのだろうかと
おもっちゃうくらい、
疲労した頭にまで美味しさが入っていく。
笑顔がこぼれまくり、
あたしたちは、まるでこのために
生きているかのような
食べっぷりだった。
あはは、と声をだして
笑っちゃう。
みんな、それぞれクリームを
頬につけたり、食べ物が
口からはみ出したりして、
壊れたように大笑いした。
アイホップのパンケーキは、
ミラクルだ。
あたしたちは、入ってきたときとは
別人のように元気になっていた。
ありがとう、アイホップ。
だから大好きなんだ、このパンケーキ。
BGMの陽気なポップスまでもが
あたしたちを癒してくれた。
ひとしきり落ち着くと、
あたしがなんで警官たちと
同行して行ってしまったのかを
聞かれたので、事細かに話した。
そして、あたしのいない間の
出来事について説明してもらった。
あの“ジャック・スミス”は、
ナンシーの血縁関係のない兄だった。
ナンシーの実の両親は、離婚し、
ナンシーは、実の父と再婚した女性に
育てられた。
その女性の連れ子が“ジャック・スミス”
だったのだ。
あの人形は、やはりナンシーだったのか。
お人形遊びをするように、ナンシーは
“ジャック・スミス”から
暴力を受けていたのかもしれない。
“ジャック・スミス”は、
子どものときから、すでに札付きだった。
少年時代には、サンフランシスコで有名な
ギャング団の一員になっていた。
何度も逮捕され、実刑を受けていたので
ナンシーは、この“兄”が
シャバに戻ってきたり、
まさか自分の前に現れようとは、
思いもよらなかったのだろう。
何回目かの刑務所送りのときに、
裁判でナンシーも証言し、
その言葉で“兄”が、激怒したそうだ。
そのうらみつらみを
はらしにきたのだろうとの
警官の説明だったらしい。
すごい。すごすぎる。
ナンシーにこんな過去があったなんて。。。
ギャングだったのか、“ジャック・スミス”
ナイフ使いで有名だった“兄”は、
あの切り裂きジャックにちなんで
ジャックを名乗っていたそうだ。
あたし、切り裂かれなくってよかった。
ほっと、息を吐き出して、
あたしは、自分の無事に感謝した。
ナンシーは、当分、逃げているのだろう。
この“兄”が、こんどこそ
終身刑だろうから、拘留されて
ナンシーの安全が確保されるまでは、
行方をくらましているのだろうと思った。
ナンシーの娘は、
思っていた通りに、
グレイの施設に保護されたようだった。
そのため、プリシラの恋人が
逮捕され、その事情聴取中に、
なんと、小麦粉の取引に際して
恐喝まがいのことがあったという
ことまで発覚し、
プリシラも拘留されるとのことだった。
ベーカリーカフェは、
どうなるのだろうか。
一度に、いろんなことが起こり、
あたしは、その渦中にいて
渦のなかであっぷあっぷしている。
バイトしたばっかりに、
思いもかけなかった事件に
巻き込まれていた。
しかし、こうして、新しい
シュアできるなかまたちとも
出会えた。
どんなことも、マイナスばかりではない。
必ず、プラスのことがついてくる。
それに、安全が第一だ。
あたしたちは、気持ちをシェアした。
それまでの恐怖、不安、そして
期待など、正直な気持ちを
安全なアイホップで
シェアリングする。
そのなかで、確かに温かい流れを感じた。
あたしは、こころのなかで
ラン医師に感謝した。
きっとね。君が変化すると、
まわりのひとたちも変化するんだ。
気づいてごらん。
安全になればなるほど、
安全ななかまと出会うんだよ。
そのことばが、いま蘇る。
あのときには、わからなかった安全。
安全なんてことが、あたしに
与えられるなんて、思わなかった。
だって、いまだって、
危険な出来事に遭遇してる。
でも、そのなかで、安全を感じ、
安全を確保して、
安全をシェアできるのだ。
アルコール依存症の治療で習ったとおりだった。
ありがとう。
生き延びることができたことに
こころから感謝します。
あたしは、こころなかの
宝箱に、またひとつ、
すばらしい宝物を加えた。
そして、気の済むまで
アイホップで、シェアリングした。
つづく・・・・