がしゃがしゃがっしゃーーん

 もう、いやーーーー

すごい音がキッチンからした。
プリシラの声のような
でも、変にしゃがれた叫び声がした。

あたしは、また事件かと
身構える。
フロアースタッフは、
みんな身構えていた。

お客様は、満席で
ざわざわしているせいか、
一瞬静まり返ったものの
陽気なカントリーミュージックの
BGMをハミングしたり
くつろいだままだ。

一斉に、フロアースタッフが
音の無礼を詫びると
あたふたと動き始めた。

まるで、ネジを
巻き直したように
あたしたちフロアースタッフの
動きは、みんな同じように
そろって不自然だった。

お客様との対応の
真っ最中でない
フロアースタッフは、
あわててキッチンに急ぐ。

キッチンにつくと、
あたしたちは、息をのんだ。

そこには、
重ねたお皿を持ち
フィリップを睨みつける
取り乱したプリシラがいた。

あたしは、
最初のクールな印象と
かけ離れた
プリシラの血走った目や様子に
呆然として、声もでない。

フィリップは、
 
  落ち着いて。
  会議室で、話そう。
  話せば、わかるから。

とオロオロした目で
弱弱しく話している。

壊れたラジオから聞こえてくるような
地の底を這うがごとく
しゃがれたささやき声で
プリシラが怒鳴る。

  どうして。
  どうして、わたしが、フロアー。
  なんなの、あのリズ?
  わたしは、優秀だから
  フロアースタッフをまとめる
  社員なのよ。
  バイトのフロアーじゃないのよ。
  全く落ち度のないわたしが、
  こんな目に合わされるなんて
  ひどいわ。
  お皿を全部、割ってやる~~

あたしたちは、
それぞれ機敏に動くと、
プリシラを押さえつけ
お皿を取った。

そのまま、フィリップが
ひきずるようにして
プリシラを会議室に
ひっぱっていく。

キッチンスタッフが
呆れたように
いい捨てた。

  この割れたお皿は、
  だれが片付けるのさ。
  プリシラは、接客ができないからって
  八つ当たりしすぎだ。
  小麦粉の事件で、司法取引中なのに、
  社員のままでいるだけで、
  ありがたいと思わなくきゃいけないのに。
  なんだよ、あいつ。

気づくと、ジョニーがウインクして
あたしを見た。

そっとそばにくると、

  プリシラってね、
  接客すると、お客様からクレーム多いのよ。
  すごく不気味な接客するから。
  以前、そのことで、クビになるかもってくらい
  揉めたことがあって、
  それであんなに嫌がってるわけ。
  いい気味だわ。

と小声で教えてくれた。
あたしは、不気味な接客って
どんななのだろうって
すごく気にかかった。
あのクールなプリシラが、
ここまで荒れるんだから、
相当接客が嫌なのは、
間違えないだろうけど、
不気味な接客って・・・

あたしたちは、
穏やかな笑顔で
キッチンに来たリズに
フロアーに戻るように
指示された。
とてもやわらかい声で、
あたしたちは、少し落ち着いた。

フロアーに戻ると
クッキーがあたしめがけて
突進してきた。

その汗だくのからだは、
熱を発散し、
近くにいるだけで
なんだか、熱くなる。
クッキーは、必要以上に
あたしに密着すると
小声のつもりか、
声をひそめるようにして、
あたしをつっついて話した。

 ライラ、探してたのよ。
 テーブル2のジムちゃんが
 クレームつけてきて
 しつこいの。
 なんとか、してよ。

あたしは、テーブル2を見たが、
楽しそうな黒人のカップルで
とてもクレームつけて
怒っているようには、
見えなかった。

でも、クッキーを
あたしも探してたことに
気づき、テーブル1に行くように伝えると
クッキーは、
嫌そうに顔をゆがめたまま、
テーブル1に向かっていく。

テーブル1の中年男性は、
それに気づいたのか、
歯科医院のコマーシャルのように
白い歯をキラキラさせて
営業スマイルで、
手まねきしている。

それを見届けると
あたしは、テーブル2に
急いで向かった。

とっておきの笑顔と
とっておきの可愛い声で、

  お客様。
  さきほどのスタッフが
  何か失礼をいたしましたでしょうか。

と尋ねた。
カップルの若い男性が
楽しそうな笑顔のままで
あたしに言ってきた。

   あのさ。
   さっきのひと、
   あんまり汗かいてるからさ、
   どこの出身なの?
   寒い地方からきたの?
   って聞いたんだよね。
   そしたら、メソメソして
   いっちゃったんだ。
   なんだか、悪いこと言ったかな。

はあ?
そんなことで、
クッキーは、あたしにクレームとか
言ってるわけって、
あたしは、唖然とする。
でも、お客様には、

   いえいえ、なんでもありません。
   久しぶりの仕事なので、
   彼女は、慣れないものですから。

と笑顔で変な言い訳をしたら、
お客様も、それならいいんだ、と
にっこり笑ってくれた。

全くクッキーったら。
満席なんだから、
ちゃんと仕事してほしいわ。

思わず、ブツブツ
オトコ声で
してしまいそうな自分を
深呼吸で、抑える。

すると窓の外から、
びっくりするくらいの
大きな

   ブッブッブーーー

と車のサイレンみたいな音がした。

なぜか、クッキーが、
その音を合図にしたみたいに
接客の途中にもかかわらず、
階段を走り下りていく。

あたしは、思わず、
窓により、外を見た。

そこには、スパニッシュと思われる
派手な花柄のシャツを着た男性が
ボコボコにへこみのある
古いオープンカーに乗っている。

その男性に、
駆け寄っていくのが、
なんと、クッキーだった。

いきなり、男性に
抱きついて
はしゃいでいる。

あたしは、びっくりした。
まだ、仕事中だ。
いくら恋人が来たとはいえ、
満席なのに、職場を
飛び出していくなんて。

あたしは、呆れたまま
仕事に戻ろうとすると、
クッキーが
派手に倒れるのが、見えた。

何が起きたのか、
あたしには、よくわからない。
声も聞こえないし、
一瞬、見逃したのだ。

どうしたの、クッキー。

あたしは、あわてて
階段を下りようとした。

すると、ビッキーが
すぐさま、あたしのそばにきて
大丈夫だから、と
腕を掴む。

何が、大丈夫なんだろう。
だって、クッキー、倒れてるし。

ビッキーが、見てごらん、と
窓の外を指差すので、
見ると、

クッキーは、
男性に、嬉しそうな顔で
キスしてるところだった。

ええ?
あの倒れたのは、
なんだったの?

クエスチョンマークが
あたしのあたまのなかは、
いっぱいだった。

あれ?

でも、仕事しなきゃ。
満席のまま、
席は、回転してる。

もうすぐ、ランチタイム。

あたしは、あたまのなかを
なんとかそのままにして
自動的に行動することにした。

ああ、
それにしても
どうして?

つづく・・・