あたしは、家に帰る道を
みんなに教えてもらい、
AAを出た。

同じ方向だという
チャーミングな白人男性のルースが
一緒に歩いてくれる。
ルースは、小柄だが、
がっしりしていて、
とても恥ずかしそうな笑顔が
印象的だ。
ルースが、クリーンになって、
なんと3年で、今日は、そのバースデイ。
クリーンのバースデイには、
AAからメダルがもらえる。

クリーンとは、ドライつまり
飲酒を止めた日からの
シラフの日々のことだ。
飲酒を止めたその日を
バースデイといい、みんながお祝いしてくれる。
毎月、そして、毎年、
そのバースデイをお祝いされることで
クリーンな日々が続けられるのだ。

AAのメッセージは、
今日1日。

そう、今日1日ドライでいることで
クリーンな日を続けられるのだ。

3年目のメダルは、
それはもう光り輝く勲章のようなものだった。

ルースは、それはもう嬉しそうに
そのメダルを大事に手に握って
にこにこしている。

ルースのにこにこは、
あたしにも、伝染して
あたしまでが、嬉しくなってきた。

ルースは、あたしの家の近所までくると
もし、もう少し時間があったら、
お祝いしてくれないか、と言ってきた。

あたしも、なんだか、
ひとりではいたくなかったし、
3年目のバースデイに立ち会えたことに
嬉しかったので、お祝いすることにした。

深夜営業のドーナツ屋さんに行き、
ふわふわのドーナツに
熱い珈琲でお祝いした。

ルースは、ドライの日々が
いかに素晴らしいかを話し始めた。

ルースは、まだ26歳。
高校のときから、飲酒を始めて
何度も飲酒運転でつかまっていた。
それでも、飲酒を止められなかった。
しかし、あるとき、何度目かの飲酒運転の
事故で、大事な友人に怪我を負わせてしまう。
その日から、その友人への
償いの日々だと言う。

本当は、友人の入院期間に、
何度も、飲酒してしまったそうだ。
もう、ひとりでは止められないと
思ったときに、ママからAAを勧められ、
AAにつながったらしい。

ママもね、AAに通ってたんだよ。
と恥ずかしそうに言う。

あたしは、素晴らしいママだと思ったので、
そのまま伝えると
すごく嬉しそうだった。

ママは、その後、また飲酒を始めてしまい、
肝臓癌で亡くなってしまったんだそうだ。

そのママのお墓に、
明日、このメダルを見せに行くんだと
嬉しそうに話した。

あたしも、それを聞きながら、
クリーンを続けて、
こうして元気に行き続けていることが、
亡くなったひとにまで
素敵な影響を与えていることに
深く感銘を受けた。

2杯目の珈琲を飲み終わると
あたしたちは、またハグをして、
またね、と連絡先も聞かずに
バイバイした。

あたしは、
低い音でハミングしながら
軽やかな足で家に帰った。

あたしも、
こうしてクリーンでいることで
喜んでくれるひとが、
きっといる、と信じられた。
これは、素晴らしい体験だった。

いままでのあたしは、
そばに誰かいてくれて、
そばで声を聞き、ことばを伝えられないと
信じられなかった。
というか、そばにいてさえ、
ひとを信じることが、むずかしかった。
そして、あたしの存在を喜んでくれる
ひとがいるってことが、どうしても
信じるどころか、想像すらできなかった。

でも、いまのあたしは、違う。
確かに、あたしの存在をこのままで
喜んでくれるひとが、いるってことを
深くこころで味わっている。

あたしは、感謝した。
今日は、あたしにとっても、
大変だったけど、記念日だ。

あたしは、バスルームに行くと
ゆったりと温かなミルクバスに
浸かった。

そして、ミルクの香りに包まれながら
サンルームで、
記念日のインスピレーションを
水彩画でささっと描いた。

描いたものは、
あたしの存在をあたしが信じている
というメッセージとなった。

エンジ色の画用紙に
白い妖精のあたしがふたり
向き合って、手を合わせている。
合わせた手からは、
淡い色彩だが、確かに虹色の
スモークが出ていた。
そして、妖精の中の
ニンゲンのあたしが、
くっきりした輪郭で浮き出てくる。
あたしたちの周りには、
不思議な記号が、ゴールドになって
取り囲んでいた。

あたしは、あっというまに描き終わると
とても満足して、
ベットにジャンプした。

満ち足りた気持ちだった。

いつか、あたしも、3年目のメダルをもらおう。
今日1日を続けて、
そう、AAのミーティングで
愛と信頼と居場所をもらいながら、
クリーンを続けよう。

ありがとう、ママ、パパ。
そして、弟のライアン。
たくさんの愛するなかまたちの顔が
浮かんでは消えて、
あたしは、こころから愛情に包まれて
眠った。

つづく・・・