ロッカールームに着くと
今日もスタッフミーティングと
フロアースタッフだけが
会議室に集められた。

あたしは、ぞろぞろと行く
バイト仲間の後ろを
頭の中で鼻歌を歌いながら
ついて行く。

会議室に入ると
早速ミーティングだが、
なぜかリズはいなくて
べティーが
取り仕切った。

みんなは、座っているのに、
プリシラは、仮面のような顔を
しながら、ぼんやり立っている。

かまわず、べティーが
始める。

  今日で、クッキーが
  契約期間切れのため
  辞めることになりました。
  明日から、新しくペギーが入ります。
  今日は、ペギーのトレーニングデイで
  きてくれたので、挨拶をお願いします。

ペギーは、透き通るような白い肌に
栗色のクルクル巻いた髪で、
ハシバミ色のおびえた小鹿のような瞳の
かわいらしい女性だった。
立ち上がって、べティーの隣にくると
非常にハキハキした声で、

  ペギーです。
  明日からよろしくお願いします。

とびっくりするような
大きな声で挨拶した。

あたしは、その外見から受ける
印象と声のあまりの違いに
驚いたけど、
もっと驚いたのは、
クッキーが今日で辞めちゃうことだった。
契約は、たったの1年で、
更新できなかったのかなって思った。

クッキーも急に立ち上がって
挨拶した。
べティーは、まだ指名もしていないのに
クッキーが勢い良く立ち上がったので
慌てていた。

   今日までお世話になりました。
   明日からは、実家で
   車を買ったり、楽しく過ごします。
   でも、おばあちゃんの世話はいやです。

で座ってしまった。

不思議な挨拶だけど、
クッキーらしい。

きっと、今日も、マラソンするんだろうけど
あたしは、今日だけだから、と
我慢しようと思った。

べティーが、

  さあ、今日も混みますよ。
  がんばりましょう。

と声をかけ、みんなでまた
ぞろぞろと移動する。
フロアーに入った。

クッキーは、非常に上機嫌で
はりきって、接客をしに行く。

あたしは、その様子をみて
ちょっと安心した。

今日も、オンナらしく
がんばろうって、
あたしも心で思う。

開店と同時に
あっというまに、また満席だ。

あたしは、元気良く
接客をした。

今日は、観光客が多く
チップをはずんでくれる。
あたしは、朝から幸せが
続いているような気がして
嬉しかった。

ランチ前の忙しさになり、
慌しくなってくると、
クッキーのところで、
べティーとビッキーやベニスが
なにやら集まって話している。

あたしも、同じAフロアーなので
慌てて、皆の集まったところに
向かう。

何があったのだろう。
伝票が、とか、顧客名簿とか
言う声が聞こえる。
フィリップまで呼ばれてきていた。

あたしは、何事かと思うけど
皆のそばに行っても
状況が良くつかめない。
クッキーは、ベソをかいて
泣いているし。
べティーは、怒っている。

あたしは、こっそり
ビッキーに状況を聞いた。

すると、ビッキーはひそひそ声で

お客様に、すごいものを
渡しちゃったのよ。
返してもらえたからよかったけど、
困ったわ。

あたしは、何を渡しちゃったのか、
見当もつかない。
だって、お客様に渡すものって
伝票くらいでしょ。

ビッキーは、呆れたように言う。

   なんとね。
   どこで見つけたのか、
   顧客名簿のカードを
   お客様本人に渡しちゃったのよ。
   もちろん、顧客カードは、
   レジの下にあって、
   リピーターの好みとか書いてあるじゃない。
   でも、お客様のお名前をいつも
   わかるわけじゃないから、
   わかりやすいあだ名だったり、
   好みなどもシンプルに書かれてるわけ。
   こんなのお客様に渡すなんて、前代未聞よ。
   1年も、やってるのに、どうしてなのかしら。
   お客様によっては、訴訟になるわ。

ビッキーは、一息で話すように
マシンガンのようにあたしの耳元で
ささやいた。

あたしも、そのカードなら
書いたことあるけど、
あくまで、フロアー用なので、
ほんとに思いつくままに書いてる。
太ってる、とか、甘いものばっかり、とか
服装がどのブランドとか、
何時間もいた、とかね。
あんなの見られて、訴訟になったら、
あたし、どうしよう。
パニックしてきた。

ああ、どうしよう。
パニックになると、
オトコであることがバレちゃうという
強迫観念が出てきた。

ああ、どうしよう。
もう、ここで生きていけなくなる。
被害妄想チックになる。

ドキドキしてきた。
一生懸命、アファメーションを
思い出し、深呼吸して
唱える。

あたしは、ステキなオンナです。
あたしは、可愛いオンナです。

アファメーションは、魔法だ。
あっというまに、
シェアリングの温かいハグまで
思い出して、落ち着いてきた。

とりあえず、クッキーのついた
お客様の数人だけ
カードは配ってしまったが、
よく気のつくべティーが
何かおかしいと思い、
早急に確かめて、回収したそうだ。

回収したお客様たちからの
クレームは、なかったそうだった。

あたしは、安心した。

クッキーは、泣いてる。

その思考回路が、あたしには、
全然わからないけど、ね。

フィリップが、抱きかかえるようにして
泣いているクッキーを
フロアーの外に
連れ出した。

あたしたちは、慌しく接客に戻り、
忙しく立ち働く。

最後だっていうのに、
クッキーったら、と
あたしは、この忙しさに
ちょっと恨めしく思った。

ペギーは、トレーニングビデオを
観ているのか、
フロアーには、出てこない。

あたしたちは、ひとり減のまま
満席のランチを
こなしていた。

リズが、足音も激しく
あちこち走り回り、
携帯電話で話しているのが、見えた。

フロアーの中でも、
携帯電話を切っても、
すぐにかかってきて
リズが怒ったような声を
出している。

あたしは、そのリズの様子に
昨日の声を思い出し、
変な感じがした。

何か、起こったのだろうか。

  ナンシー、ナンシー。

とりズが、何度も言っているのが
聞こえてきた。

ええっ
ナンシー。
ナンシーからの電話なのか。

あたしは、びっくり仰天した。
今日は、驚くことばっかりだ。

でも、なんでナンシー?

つづく・・・・・