ゆっくりバスタブにつかって、
からだのなにもかもが
バニラの香りになった。
あっというまに、ランチの時間だ。

あたしは、ハードタイプのスコーンを
レンジで温めて
メープルシロップをかけた。
そして、大好きなアールグレイで
ミルクティーをレシピ通りにミルクパンで作った。
野菜サラダも、ちゃっちゃっとつくり、
のんびりテレビランチする。

食べ終わったあとは、
食洗機にいれて、
洗濯機を回し、家事まで終えた。

午後3時から、バイト先で
はじめての全員ウエイトルスミーティングだ。
今日は、月1回しかないバイト先の休業日で、
スタッフミーティングの日に
なっているそうだ。

時間よりも少し前に着くように
バイト先に急いだ。
従業員専用の入り口から入って
1階のミーティングルームに行くと
すでにほとんどのメンバーが
揃っていた。
どこに座っていいのか、迷っちゃったけど
ナンシーが思いっきり手招きするので
仕方なく隣に座る。

どうも、ブロック別に分かれて
座っているようだった。

ナンシー、あたしで
その隣には、ハワイ生まれの
ビッキーが笑顔で座っている。
あたしの後ろには、
チャイニーズ系で2児の母親のクリス。
情緒不安定な若いクッキー。
そして、大ベテランのベニス。
これが、Aブロックメンバーだ。
もうひとり3児の母親のチャッピーもいるが
体調不良で欠席している。

全員に珈琲とマフィンが配られて
レストランマネージャーから挨拶があったあと
すぐにプリシラの話になった。

先月の販売目標とか集客グラフなど
こまごました数字の話だ。
あいだに、接客についての
シビアな指導が入る。

あたしは、なにがなんだか
わからないまま、
美味しいマフィンを味わっていた。
あたしにあたったのは、
ラッキーにも一番好きな
ナッツマフィンだったので、
幸せだ。
ただ座って食べて聞いているだけで
バイト代が入るなんて
すばらしいわとニコニコしてしまった。

しかし、そのとき、ずっと
なんだか、ものすごい音が
近くでしていることに気づいた。

がりがり、みたいな、音だ。

そっと見回すと、
その音は、ナンシーからだった。

ナンシーは、マフィンも珈琲も
そっちのけで、
必死の形相でメモを取っている。
ものすごい筆圧で書いているため
変な音がしていたのだ。
ボールペンの音だった。
子ども用の画用紙みたいな紙に
とんでもない集中力で向かっている。
ナンシーは、上昇志向だから
一言一句もらさずに
書いているのかもしれないが、
それにしても、すごい勢いだ。

あたしは、ちょっとからだをそらして
後ろにずれてみた。
そして、そっと、ナンシーの書いている
紙を盗み見した。

ええーーーーーっ

あれは、なに?

とんでもないものを見てしまった。

画用紙には、びっしりと
文字が並んでいたので、
最初は、読めなかった。
だから、やっぱり、プリシラの
話をそのまま書いているんだと
思った。
ところどころ、
いたずら書きみたいなものもある。
そのいたずら書きは、
よく見ると、×とか△とかだ。
そして、似顔絵みたいなのもある。

うーん、なんだろう。
すると、急に意味がつかめてきた。

それは、子どもが書くような
ものすごい悪口の羅列だ。

どうして私ばっかりこんな目にあうの。

から始まっていて、

あいつの目つきは、泥棒のようだ。

とか、

私は、いじめられている。
あいつは、いま、私のことを言っている。
ひどく腹黒い人だ。
おまえの母さんは、デベソだろ。
しかも、おまえも、デベソだ。
私には、わかる。
ウソツキは、デベソになるのだ。

みたいなことが、ずらーと
隙間なく書かれている。
そして、似顔絵みたいなものに、
×とか、△とかを、上書きしているのだ。

どうも、この職場以外のことまで
書いているようだった。
夫のことや、夫の母らしき人の悪口までだ。

あたしは、口をあんぐりと開けて
思わずナンシーを凝視してしまった。

あまりのことに、
深呼吸して、ビッキーの方に
顔を向けた。

ビッキーは、笑顔で
首をすくめてみせた。

あたしも、思わず、笑顔で
首をすくめたものの、
どうなるのだろうと
ちょっと不安になった。

すると、向こうの席に座っていた
ジョニーが、これまた首をすくめながら
ウインクしてくれた。

みんな、知ってるんだ。
このナンシーの奇癖を。

うしろを見ると、
なぜか、クッキーが
めそめそ泣いていた。

何事も起こっていないかのように、
プリシラの話は、続いている。

このあとの、ディスカッションが、
いやな予感がする。

あたしは、帰りたい思いを胸に
美味しい珈琲を飲んで、
気分を落ち着かせようとしていた。

もうすぐ、休憩タイムだ。
それまでは、できるだけ
楽しいことを考えようと
努力している・・・

つづく・・・